2012年2月29日水曜日

四年に一度の話

Clip to Evernote
こちらの記事を読みました。

「携帯電話の電波がペースメーカーを誤作動させる」は、都市伝説。 – すまほん!!

その内容が非常に素晴らしく、私が大事にしていることとよく合致していますので、本エントリでご紹介してみたいと思います。

また、同記事は以下を参照して構成されています。

MobileHackerz再起動日記: 「携帯電話が心臓ペースメーカーを誤動作させる」という話

できるだけ両方の記事に目を通していただくと、誤解が起こりにくくなり良いと思います。
私は前者の記事を先に読みましたので、そちらを基にして本エントリを書きますが、ここには「先に読んだから」以外の深い意味はないことを表明しておきます。


携帯電話の電波とペースメーカー


記事の概要は、そのタイトルがほとんど表しています。

非常に大雑把にまとめると、
  • 「携帯電話の電波がペースメーカーを誤作動させる」ことが実証されたのは、15年も前の話
  • 今の携帯電話は、当時のものより電波の効率が良いため、出す電波が弱い
  • 今の携帯電話だと、現実的にペースメーカーに影響を与えることはない
といったところでしょうか。
(昔の携帯電話の、現在における利用がゼロではないことには注意が必要です。)

ここで一つだけ言及しておきたいことは、「携帯電話の電波がペースメーカーを誤作動させる」ことが完全に常識となってからも、国は継続して実験を行っていたという点です。
無駄と背中合わせではありますが、私は評価したいと思います。

また、たくさんの携帯電話が閉じた空間で同時に利用されることについても、同様に実験が行われており、
「シミュレーション上でも実環境の上での測定でもそのようなことは起こらない」と結論づけられました。
とのことです。

以上の二点をもって、「携帯電話の電波がペースメーカーを誤作動させる」ことは誤りであることが結論付けられます。


結論ではない


ところで、ご紹介した記事では、「それがデマである」ことを結論としてはいません。私が共感したのは、その部分です。

確かに、数字の上では携帯がペースメーカーを誤作動させることはありません。
これは事実でしょうし、「デマ」や「都市伝説」といったビビッドな単語を用いても、恐らく間違いではないでしょう。

しかしこの数字と事実を拠り所として、「電車の中でどんどん携帯電話を使うべきだ!」「都市伝説に惑わされてはいけない!」と言うのは、あまり賢いとは言えません。
(誤解を恐れずに言えば、こういうことを言うと、理系が嫌われるのです。)

もちろん長期的には、「ペースメーカーを誤作動させる」が誤解であることを周知していく必要があるのは間違いありません。
ただ、現状ペースメーカーを使用している方がそのように思っている以上、またそのように思っている方が少しでもいる以上、「都市伝説に惑わされてはいけない!」は該当する方々に無闇に不安を与えるものでしかありません。

これではいけません。数字の上で正しいかどうかは、この場合問題ではありません。


数字と人


私が大事にしているのは、こういったことです。

数学的、統計的に正しいかどうかはもちろん非常に重要で、まずはこちらを正しく証明、実証する必要があります。証明が済んだら、それを正しく理解もしなければなりません。

それは絶対に為されないといけないことなのですが、それと「人がどう考えているか」は別の話です。
人に関わることを行っているからには、そちらも必要になるのです。

一つ例を挙げます。
ここに、「便利なツール」があるとします。そして、それを使うときと使わないときで、何かの作業にかかる時間が短縮できることが証明できたとします。
このとき、絶対にこのツールを使用するべきかというと、私はそうではないと考えます。
たとえ必ず時間が短縮できることが言えても、それを使用した人が「作業が楽になった」と感じられなければ、別に使用する価値はないと思います。
逆に、時間が短縮できるかどうかが不確定でも、実感として「作業が楽になった」と思えれば、そのツールには価値があると考えます。
(ツールの使用に習熟が要るとか、細かい話は置いておきます。)

繰り返しになりますが、数学的な証明も必要で、「それを知った上で」という話です。

ちなみに、私がソフトウェア工学に興味を持ったのも、このようなことを重要と思ったのがきっかけです。


終わりに


本ブログにしては珍しく、少しだけ物議を醸しそうなことを書いてみました。
四年に一度くらいはいいかと思います。

写真を撮ろう

Clip to Evernote
最近の私に起こった、二つの新しいことについて書いてみます。


一つめ


私はiPod touchを様々な作業に使用しています。
つい最近、思うところがあってDock入りしていたfoursquareのアプリを削除しました。

そして新たに、Dockの一番左にaTimeLoggerを配置し、ホーム一画面めの4行1列めにOneCamを置きました。
OneCamはもともと3行1列にありましたので、一つ下にさげた形になります。

OneCamは、私が普段使いするカメラアプリです。


foursquare 4.2.1(無料)App
カテゴリ: ソーシャルネットワーキング, 旅行
販売元: foursquare - Naveen Selvadurai(サイズ: 8.1 MB)



aTimeLogger 1.9.5(無料)App
カテゴリ: 仕事効率化, ユーティリティ
販売元: Sergei Zaplitny - Sergei Zaplitny(サイズ: 6.3 MB)



OneCam[連写,静音,ジオタグ] 2.7.1(¥85)App
カテゴリ: 写真/ビデオ
販売元: Walker Software - masahiro seto(サイズ: 3.8 MB)




二つめ


二つめは、スマートフォン用手袋を導入したことです。
これにより、手袋をしたままでスマートフォンを操作できるようになったわけですが、ここでは、手袋を着用した後でスマートフォンが操作できるようになった、と表現しておくことにします。

いま、私が駅前に到着したとしましょう。しかもそのとき、手袋は着用していないものとします。
ここで従来だと、iPod touchを用いて駅にチェックイン(に準ずる行為です。foursquare用語を借用します)し、それが済んだ後に手袋をはめることになりますが、それがスマートフォン用手袋であった場合、先に手袋を着用することが可能になり、寒い思いをせずに駅まで歩くことができます。


共通点


ここまでで挙げた二つのことはどちらも、私にとって無意識に行うことです。

OneCamの例で言えば、
  • 写真撮りたい
  • iPod touchを取り出そう
  • OneCamを起動しよう
  • 撮影ボタンを押そう
ではなく、
  • 写真撮りたい
  • 撮影ボタンを押そう
しかないのです。消えた項目は、意識下に現れません。

スマートフォン用手袋の話も同様で、
  • 駅前についた
  • チェックインしたい
  • iPod touchを取り出そう
  • アプリを起動しよう
  • チェックインしよう
  • 寒いから手袋をしよう
  • 駅まで歩こう
ではなく、
  • 駅前についた
  • 駅まで歩こう
なのです。

なお、以降はわかりやすさのためにOneCamの例を用いて話を進めることにします。


起こること


さて、今回は、OneCamが配置されている位置が変わっています。
もし私が、先に挙げた
  • 写真撮りたい
  • iPod touchを取り出そう
  • OneCamを起動しよう
  • 撮影ボタンを押そう
の行程を踏んでいるなら、「OneCamを起動しよう」の時点でそれの配置が変わっていることに注意すればよいです。

しかし、行程が無意識に過ぎていると、いざ「撮影ボタンを押そう」とした瞬間に、OneCamが起動していないことに気づくのです。
これは、私にとっての写真を撮る行程が
  • 写真撮りたい
  • 撮影ボタンを押そう
しかありませんので、ある意味仕方のないことです。
したがって、私がOneCamの位置の変化に対応するためには、「写真を撮りたい」と思うと同時に、「OneCamの位置は変化している!」と思う必要があるのです。これは少しでも遅れてしまうと、「撮影ボタンを押そう」としてしまっているので、良くありません。

これは、「写真を撮ろう」とする行動そのものを変質させてしまっています。

「写真を撮ろう」と思うのは、ほとんど反射です。
つまり、私の行動が、そして思考が、根本から変わっているのです。

普段の生活で、「思考が根本から変わってしまった」と感じるような場面がどれほどあるでしょうか。
まさにこれは、人生が変わった瞬間と言っても過言ではありません。


ちなみに


余談になりますが、もともと
  • 写真撮りたい
  • iPod touchを取り出そう
  • OneCamを起動しよう
  • 撮影ボタンを押そう
となっていたものを、
  • 写真撮りたい
  • 撮影ボタンを押そう
にすることを目指すのが「タスク管理」なのではないか、と感じました。
特に「やる気がない中で作業を進める」といった考え方の辺りが、ここに相当するように思いますが、この点については改めて検討が必要です。


終わりに


こういうことを言うと、頻繁に人生が変わっているように思われてしまいそうですが、全くそんなことはありません。

2012年2月27日月曜日

ありふれた話

Clip to Evernote
訳あって、数年にわたって在籍したある場所から、昨日(2012.2.26)をもって抜けることになりました。
私はそこで余所ではできないようなたくさんの経験をさせていただき、大きく成長させてもらいました。

非常に個人的な話で申し訳ありませんが、そのようなこともあり、今は多少センチメンタルな気分です。

ただ、こんな時季ですので、この類の話は世界中あらゆるところでなされていることでしょう。統計的に見れば、改めて言うほどのことではありません。

ですが私も少しだけ、そんなありふれた話をつづっておきたくなりました。
きっと「センチメンタル」とは、「合理的」とかけ離れた感情なのです。


さて、私が在籍していた場所では、世代の異なる様々な人と関わることになります。
昨日、私がそこを抜けることについての話を、私より年上の方としていたときのことです。

話が人生のことにまで及び、その方が言ったことがあります。
人生って、あまりにいろんなことがあると、あっという間に終わっちゃってつまらないね。
私はこれを聞いて、感じ入ってしまったと言いますか、自分がまだまだだと思ったと言いますか、その方に尊敬の念を抱いたと言いますか、とにかくそんな感じです。

言葉にしてしまえば簡単ですが、その方は、本当に「いろんなこと」(言外に大変だったことを指しているでしょう)を乗り越えてきて、本当に「もっと楽しいことがしたかったな」と感じていると思います。

しかし、私はそれが誇らしげだと感じましたし、うらやましいと思いました。

きっと、人生にはいろんなことがあって、あっという間に終わってしまうのでしょう。
それは当人にとってはつまらないことかもしれませんが、はたからは幸せに見えます。

そして、人生はあっという間に終わってしまうかもしれませんが、それもまた幸せであることを、終わらない明日へ伝えていくことができます。
少なくとも私には伝わりました。これを読んでいただいている方にも伝わるなら、それは嬉しいことです。永遠に輝いていくものと信じています。

この言葉は私の宝物にして胸にとどめておくとともに、Evernoteにも保存しておきます。


終わりに


最後に、栗林みな実さんの「Precious Memories」の歌詞から引用して、エントリを締めます。
ずっと、ずっと忘れない
大切な想いを 終わらない明日へ 描いてく
あなたがくれた言葉は宝物になって
この胸で輝くの 永遠に…

2012年2月26日日曜日

フリスク問題

Clip to Evernote
フリスクが好きです。
あるいは、習慣になっているだけで好きではないのかもしれませんが、自分のことはよくわかりませんし、とりあえず表現は問いません。

言いたいことはそれではなく、私は外出時には常にフリスクを携帯していて、朝電車に乗った直後か乗る直前に二粒を食べることが、完全に習慣となっているということの方です。
私は毎日、外で、フリスクを二粒食べるのです。


フリスクを食べる


そうして日々の生活を続けていると、非常に大きな問題が発生します。

フリスクは一箱にたくさん入っていますので、二粒食べたくらいではその減少のようすをうかがい知ることはできません。
(説明していませんでしたが、フリスクは、箱にたくさんの粒が入っている、という形式をしています。)
箱の中身が見えるわけではありませんし、体感できるほど箱が軽くなったりもしません。

ところが、フリスクは箱にたくさん入ってはいるものの、その数が正の無限大に達することはありません。
このことは、たとえ一度に食べるのがたった二粒で、食べても減ったことに気付くことがなくても、いつかは持ち歩いているフリスクが空になってしまう事実を示します。

大げさに聞こえるかもしれません。しかし、論理です。
フリスクは、食べると空になるのです。


フリスクのストック


しかし、私はそんなこともあろうかと、自宅にフリスクをストックしています。
これで急にフリスクが無くなっても大丈夫ですし、実際には残りがわずかになるとわかりますので、完全になくなってしまう前に対応することが可能です。


大きな問題


ようやく大きな問題の話に入れます。

フリスクのストックがあるので、ただ持ち出せば済むのですが、それを必ず忘れるのです。

残りわずかであることは朝に気付くわけですが、帰宅するときには絶対に忘れています。そして次の朝にフリスクを食べようとして、一粒しかなかったりするのです。そのときのショックたるや、筆舌に尽くし難いものがあります。
にも関わらず、これを数度繰り返します。都合三、四回忘れた後に、ようやく新しいフリスクを持ち出すことに成功するのです。

これは大問題です。

参考として、同種(だと思う)の問題を取り上げている記事をご紹介しておきます。

OmniFocusで「ゴミ捨て問題」を解決する | goryugo
カレンダーの予定を見て「あ、明日はゴミ捨ての日」なのかとか思っても、当たり前のように翌日には忘れている。
非常に素晴らしい記事です。
誰にでもこういった問題はあって、私が無闇に大げさに語っているわけではないのです。


対策その一


しかし私も、ただ手をこまねいて見ていたわけではありません。

まず行ったこととして、フリスクが少ないと感じたその場で、「フリスクを補充する」をタスクとして登録します。これはタスクのインボックスに入りますので、次にデイリータスクリストを構築するタイミングで、その他のタスクと一緒に並べます。

ところがこれはうまくいきませんでした。
私は普段、「帰宅後のタスク」はほとんど決まりきっているため、帰宅してからタスクリストを参照することはまずありません。どうしてもする必要があるタスクを、帰宅時より後ろに持ち込むことが、私の生活では不自然なのです。

加えて、本当にするべき「仕事」としてのタスクと並列して、見積もり時間ゼロの「フリスクを補充する」が並んでいることに、どうも違和感があります。
この二つは、まったく別のレイヤに置かれるべきではないかと思うのです。


対策その二


タスクとして並べるのは止めます。
そこで、フリスクが少ないと感じたらすぐにモレスキンに書いておくことにしました。
これで一般タスクとは別個のものとして扱うことができます。

しかしと言いますか、やはりと言いますか、この方法でもだめでした。
モレスキンはどんどんページが送られていきますし、そもそも私は帰宅してからじっくりモレスキンを開くことがありません。

ページ送りの問題に対応するために、ロディアに書いてモレスキンの拡張ポケットの上に貼りつけたりもしましたが、それもだめでした。


どうするべきか


上記記事から引用いたします。
オレに、ゴミ捨ては無理なのではないか、と思い詰めていた、そんな私に救いをもたらしてくれたのがOmniFocus様。
そろそろ私も、自分にフリスクを補充するのは無理なのではないかと思いつめてきました。
しかも私はOmniFocusを使える環境にありません。

私にできるのは、過去の失敗から何かを学ぶことだけです。
上述の二つの失敗から、フリスク補充のために必要なことが見えてきます。

私が帰宅してから必ず見るのは、iPod touchとiPhoneです。これは間違いありません。帰宅後には、iPod touchから「PictShare」で写真をEvernoteに転送するなど、いくつかの作業があるからです。

したがって、例えばiPod touch経由で、「フリスク補充」を思い出せれば良いのです。
そしてそこでは、自分から何か行動を起こしてそれを思い出すのではいけません。それができるなら苦労しないのです。
iPod touchの方から、「思い出させて」くれる必要があります。


終わりに


というわけで、iOS5から標準となった「リマインダー」を使用して、フリスク問題を(とりあえず)解決したお話でした。

2012年2月24日金曜日

読書すること

Clip to Evernote
こちらの記事を読みました。

そろそろ本を読まなきゃ、と思った人が知っておくべき3つの最強読書術まとめ:Blogで本を紹介しちゃいます。

引用いたします。
先日、Twitterでこんな質問を受けた。「どうやって読書をすればいいんですか?」あまりに率直な質問に困惑したが、以外と読書術に困っている人って多いらしいです。
「読書の仕方がわからない」とはどういう状況のことかはっきりとはわかりませんが、確かに巷には様々な読書法が唱えられています。

いい機会なので私も、自分が何を意識して読書を行っているのか、まとめてみようと思います。


写真を撮る


まず一つは、本を読み進めていく中で気になった部分があった場合に、それを撮影することです。
これは、撮影するのが一番手軽だったために行っているだけですので、別にスマートフォンや手帳に手書きしても構わないと考えます。

写真やメモが残ることで、いわゆるレバレッジ・リーディング的なこともできます。
(本家の『レバレッジ・リーディング』は未読です。すみません。)

ただ、ここで私が重要視していることは別にあります。
気になった部分を撮影するためには、読書を続ける手を必ず一度止める必要があります。
気になった、スマートフォンのスリープ状態を解除、カメラアプリを立ち上げ、撮影、といった流れでしょうか。

読書をほんの少しでも停止することで、同じ部分を複数回読み直すことになります。
ここが重要で、実は自分がよく理解できていないにも関わらず、なんとなく進んでいってしまうことを防ぐことができます。
撮影して残った写真そのものではなく、「写真を撮る」動作が大事だという解釈です。


同じ部分を読む


撮影云々に関わらず、前のページに戻ったり、同じ部分を読んだりすることは常に意識しています。

私はあまり冊数にこだわりはありませんので、一冊の本に割と時間をかけます。
これは、私には他にもやりたいことがたくさんありますので、新たに読みたい本を探して、購入することにかけられる時間があまり多くないことも原因かもしれません。
私はRSSの未読と次に読む本がなくなると不安になりますので、本はじっくり読んでおくに越したことはないのです。


インプットの話


本を読むことの目的は、いろいろな表現はあるでしょうが、インプットを得ることで間違いないと思います。

上記のように書きましたが、私もインプットを多くすることは心がけています。
(余談ですが、インプットを少なくして効率的にアウトプットを行う、という手法には多少引っかかるものを感じます。あまり調査をしていませんので詳しいことは言えませんが、なんとなくです。)

ただ、読書にかけられる時間は誰しも限られています。
私は、読んだ冊数ではなく、読書にかけた時間に従ってインプットの量が決まると解釈しています。
これは、一冊の本からでも長い時間をかけて読むことで、たくさんのインプットを得られるという意味です。

ですので、よく言われる「流して読んで自分にとってためになりそうな部分だけ読みなさい」といった主張には、私は則していないことになります。

私は自分のことを理解しているつもりはまったくありませんので、その瞬間に「価値がありそう」と「自分が思った」ことなど、まるで信用していません。
とりあえず全部読んで、自分なりに理解しようとします。ありきたりな表現ですが、それによって自分の世界が広がり、いつかの将来のための蓄積になります。


終わりに


ちなみに、よく「まずは自分は何のために読書をするのか明確にしなさい」といった話がありますが、私は「たくさんのインプットを得るため」です。
これは、私の中では「特にない」とほとんど等価です。

2012年2月23日木曜日

ツールが便利である

Clip to Evernote
以前、以下のような記事を書きました。

23-seconds blog: 便利でないツール

この中で、「Evernoteは便利に使うものではない」といったことを言いました。
今回はそれについて考えます。


便利なツール


Dropboxを引き合いに出します。
Dropboxは、ファイルのやりとりを楽にしてくれるツールです。

ここで問題にしたいのは、この、ファイルをやりとりする作業はDropboxがなかったころにはどうなっていたか、ということです。

今も昔も、異なるマシン間で同じファイルを扱いたいことはあったでしょう。
例えば現在、Dropboxを使わずにそれを実現するのであれば、USBメモリを用いることが考えられます。ほんの何年か前なら、むしろそちらの方が一般的だったと思います。

Dropboxは、USBメモリを使ってファイルをやりとりしていた際に要していた作業を簡略にしてくれます。USBメモリの場合にかかっていた手数を削減してくれるわけです。

これは便利です。


便利でないツール


さて、一方のEvernoteです。

Evernoteでできることは、Evernoteが存在する以前からニーズとして存在していたかというと、そんなことはありません。

Evernoteに何でも投げ込んでおけば、時間とともに何となくEvernoteがいい感じにしてくれる。あるいは、思いついたことはすべてメモとして残しておき、それが蓄積していきながら、しかもタグやノートブックなどの複数の手段で様々なかたまりを形成しながら、その価値を高めていくことができる。
こういった使用法が、Evernote登場以前に想定できていたとは、とても思えません。

「こんなことができたら便利だな」とすら思っていなかったことを、現在Evernoteで成しています。

以上の点で、Evernoteを「便利」と形容することは不自然なのです。
「革新」とでもするのがよいでしょうか。


個人的に


非常に個人的なことですが、ここまで述べたようなことのために、私は少しDropboxの利用に引っかかるものを感じます。

決してDropboxがそうであると言うつもりはありませんが、単に便利なだけのツールは、何となく必要そうな気がしてしまいます。しかしそういったツールをどんどん導入していると、「たくさんの魅力的(に見える)ツール」を追いかけることばかりに時間を取られてしまいます。

このようなことは、以前のエントリで書いたことがありますが、今回は脱線になりますのであまり深入りしないことにします。


人にお勧めする


さて、便利なツールは、人に勧めるのがとても楽です。

USBメモリを使用してファイルをやりとりすることは、おそらく誰しも行っていますので、その手間が軽減されると説明すれば良いわけです。

ところが「革新」なツールは、使用例を説明することができません。
説明できないこともないかもしれませんが、そのメリットを感じてもらうことは不可能です。

残念なことに、価値を分かってもらうためには「とりあえず、使ってみて」と言うしかありません。

前回のエントリで、唯一「おすすめ」と書いたアプリがありますが、その理由がこの辺にあったりします。


終わりに


最近の私のテーマが、「とりあえず使ってみて」になってきていますが、別にそういうつもりはないのです。

2012年2月22日水曜日

「アプリを10本しかダウンロードできないとしたら」に乗らせていただきます!

Clip to Evernote
こちらの記事から、今回のような企画があることを知りました。

もしもiPhoneアプリを10個しかダウンロードできないとしたらどのアプリを選びますか?

本家はこちらでしょうか。

アプリを10本しかダウンロードできないとしたら | NANOKAMO BLOG

「ダウンロードできない」というのはまた新しい視点で、興味深いです。
私も考えてみたいと思います。


10本選んでみる



Evernote 4.1.8(無料)App
カテゴリ: 仕事効率化, ユーティリティ
販売元: Evernote - Evernote(サイズ: 17.5 MB)


モバイルからはそれほど使用しませんが、これがないと「安心感」につながりませんので、どうしても必要です。



FastEver 1.9.3(¥170)App
カテゴリ: 仕事効率化, ユーティリティ
販売元: rakko entertainment - rakko entertainment(サイズ: 2.6 MB)


これはもう、無いと完全に生活に支障が出ます。



OneCam[連写,静音,ジオタグ] 2.7.1(¥170)App
カテゴリ: 写真/ビデオ
販売元: Walker Software - masahiro seto(サイズ: 3.8 MB)


私には存在しなかった、写真を撮るという概念を与えてくれたアプリです。



PictShare - multiple photos/movies uploader 3.0(¥250)App
カテゴリ: ソーシャルネットワーキング, 写真/ビデオ
販売元: itok - 啓 Ito(サイズ: 2.6 MB)


OneCamを使うなら、こちらも必須ですね。



aTimeLogger 1.9.5(無料)App
カテゴリ: 仕事効率化, ユーティリティ
販売元: Sergei Zaplitny - Sergei Zaplitny(サイズ: 6.3 MB)


これなども、生活を変えたアプリの典型です。本質的にスマートフォンでないとできないことで、そういうことは大好きです。



Byline Free 4.0.3(無料)App
カテゴリ: ニュース, 仕事効率化
販売元: Phantom Fish - Milo Bird(サイズ: 1.9 MB)


かなり付き合いの長いアプリです。
何も不自由がないので無料版をずっと使っていますが、お世話になっているので、そろそろ有料版を買わせていただこうと思っています。



Read It Later Pro 2.4.7(¥250)App
カテゴリ: ニュース, 仕事効率化
販売元: Idea Shower - Idea Shower(サイズ: 7.1 MB)


こちらも相当長い付き合いです。
日々の生活のほとんどすべてが、これとEvernoteに依存しています。



ポメラQRコードリーダー 1.1.4(無料)App
カテゴリ: ユーティリティ, 仕事効率化
販売元: KING JIM CO.,LTD. - KING JIM CO.,LTD.(サイズ: 8.9 MB)


ポメラ使いとしては、これは外せません。



Simplenote 3.1.12(無料)App
カテゴリ: 仕事効率化, ユーティリティ
販売元: Codality - Codality, Inc.(サイズ: 2.4 MB)


便利としか言いようがないのですが、普通にできそうなことが普通にできて、しかもそんなサービスが意外と他にありません。
おすすめです。



Springpad 2.6.0(無料)App
カテゴリ: 仕事効率化, ライフスタイル
販売元: Spring Partners - Spring Partners(サイズ: 6.7 MB)


最近この話題を聞きませんが、私は毎日使っています。


まとめ


こうして見てみると、情報を取りまわす系統のアプリが多いようです。
やはりこのあたりは、iPhone、あるいはスマートフォンでなければなし得ないことですので、非常に価値を感じます。


終わりに


もし本当にアプリを10本しかダウンロードできなかったら、ここに挙げた10本で完全に固定されるような気がします。

2012年2月21日火曜日

最近忙しくなくなった

Clip to Evernote
訳あってこのところ忙しかったのですが、数日前にその原因となっていた巨大プロジェクトが終了したため、今時分は生活に余裕が出てきました。

今回はそれについて考えてみます。


道標がない


巨大プロジェクトは終了しましたが、別にタスクがすっかりなくなってしまったわけではありませんので、それなりに何かやる必要はあります。

しかし、これまでそびえ立っていた大きな目印が急になくなってしまったためか、あるいは大きなプロジェクトから解放されたためか、なんとなく力が抜けてしまいます。
次に何をしたらいいのかわからないというか、わかっているというか、そんな感じです。

そこで、大きなプロジェクトが終了したら、できるだけ早いタイミングで「収集」を行うのが良いと思います。

実際にやってみましたが、かなり空っぽになっている頭の中から、「気になること」を無理やり絞り出す感じで、これがなかなか普段にはできない体験です。
ちなみに、この「頭の中が空っぽ」との表現はいわゆる言葉の綾で、正確には、巨大プロジェクトが頭の中を占めていた部分がとても大きかったところで、それが急になくなったものの、それまで隅に隠れていたタスクがまだ顕在していない状態だと思います。


「収集」の際に


「収集」を行う際には、忙しいさなかに書いた「やりたいことメモ」も取り出して、一緒に検討します。
「やりたいことメモ」については以前本ブログで取り上げましたので、参照していただければと思います。

23-seconds blog: 最近忙しい

自分で書いたメモですので、これを基にして「収集」されることはたくさんあるはずです。


のんびりしたい


そうは言っても、巨大プロジェクトが完了した直後です。のんびりしたいとも思います。

そこで、「のんびりする」の定義を決めてしまうことにします。
定義と言うと大げさですが、要は「のんびりする」に相当する具体的な行動は何か、考えてみれば良いのです。これは人によって異なってくると思います。
私の場合は、
  • 朝コーヒーを飲んでから家を出る
  • 読書する
  • 音楽を聴く
  • 大きな書店を巡回する
  • LOFTと東急ハンズと無印良品の文房具コーナーを巡回する
といったところです。

これで、よくわからない時間を過ごすことなく「きちんと」のんびりすることができます。


整理など


そして、ここまでで集まった様々なことをすべて並列に置き、「整理」するなり、デイリータスクリストを作るなりします。
このあたりは、どの程度GTDに準拠しているか、または別の方式を採っているかによってかなり違いが出てくると思いますので、あまり立ち入らないことにします。


終わりに


やはり文房具コーナーを回るのは楽しいのです。

2012年2月19日日曜日

ETYMOTIC RESEARCHのhf3について

Clip to Evernote
尊敬するjMatsuzakiさんによる記事に、以下のものがあります。

外出中も最高の音質を!iPhone向け高品位イヤホン「hf3」の威力!! | jMatsuzaki
音源に対して無駄に着色すること無く、原音に忠実でフラットな音を出せる貴重なイヤホンとして、世界中から支持されているカナル型(耳栓型)イヤホンです。
私はこちらの記事に影響され、また特性がフラットなイヤホンを探していましたので、ETYMOTIC RESEARCH社の「hf3」を購入しました。

購入したのは少し前のことですので(1月25日に届いているようです)、これまで使用してきて感じたことなどを書いてみようと思います。


さまざまな特徴


先にこちらを断っておきます。

上の記事ではhf3のさまざまな特徴について説明されていますが、私は音質とその周辺についてのみしか書けません。
ですので、ぜひjMatsuzakiさんの記事を読んでいただくことをお勧めします。


中域から中高域


ここからは私が感じたことを書きますが、人によって感想はおそらく異なることをまず念頭に置いていただければと思います。

音を鳴らしてみてまず気付くのは、中域から中高域の解像度の高さです。

この辺りの音数が多い楽曲でも、それぞれの楽器を聞き分けることができます。
ギター、特にディストーションギターが2本鳴っているような楽曲で効果を発揮するようですが、他方で、ボーカルが特別よく聞こえるようになった、といった印象はありません。これはミックスダウン~マスタリングの過程で、すでにボーカルを意識した処理が十分に行われており、hf3のポテンシャルを発揮するには至らなかったためかと思います。

逆にコーラスは非常に良く聞こえます。
また、ドラムはスネアとリムショットが抜けてきます。これはかなり気持ちいいです。

というわけで、中域から中高域がやや混み気味の楽曲に対して、非常に気分良く視聴を楽しめます。


音の粒


次に感じたのが、音の粒がよく見えることです。

具体的には、徐々にローファイになっていくディレイをメインに聞かせている場合や、全体の音数は少なくリバーブが多めに作られている楽曲で、その余韻部分をよく感じられます。

また、意外にもディストーションギターがバリバリと鳴る感じや、数年前に流行したデジタルひずみなど、ノイジーな意味での音の粒も良く聞こえます。

とはいえ、この点で生きるのは、全体の音数は少なめながら音域を広く使い、インテリジェントな音作りをした楽曲・アーティストになります。


低域から超低域


低域周辺そのものは、それほど強く聞こえるようになった、というような感想は持ちませんでした。
しかしその上の中低域から中域が良くなった関係からか、低域周辺も非常に整理されて聞こえます。
強さはないが分離が良く聞き取りやすい、といった表現になるでしょうか。
近年のテクノ界隈でトレンドになっている、サブベースも同様です。

ただこの点については、私が以前使用していたイヤホンが、安物ながら低域の押し出しのみやけに強い、といったものでしたので、そのことも影響しているかもしれません。


まとめると


全体として、勢いやそれに類することではなく、より深く音楽を楽しみたいと思っている方にとって、検討する価値のあるイヤホンだと思います。

個人的なことでは、これまで存在に気付かなかったディレイやパンニングを多数発見しました。


終わりに


リスナとして、アーティストに申し訳なかったと思っています。
これからは、大丈夫です。

2012年2月18日土曜日

水を飲むこと

Clip to Evernote
以前、集中力を良くするためのある方法について、記事を読みました。

その後できるだけ意識して生活した結果、効果があるように感じられたので、ここでその方法についてまとめておくことにします。


その記事


その記事とは、以下のものです。

027 集中力を出すために少し水を多めに飲む – ライフハック心理学

そして、集中力を出すための方法としては記事タイトルの通りで、水を飲むことになります。

内容を見てみます。


脳の成分


上の記事から引用いたします。
ですがふだんから少し多めに水を飲んでおくことには、脳にとってメリットがあります。何しろ脳は80%以上が水だからです。
脳はそのほとんどが水である以上、水を飲むことには必ず価値があるわけです。

しかし本文中でも触れられていますが、この効果はほんのわずかでしょう。
私もこのことがそれほど重要だとは思っていません。


注意を集める


水それ自体に意味があるというよりは、人は嚥下に注意を取られやすいので、一瞬でも注意を集めることが可能になるのです。
こちらは、水自体には意味はないとする考え方です。

集中力が散漫になりかけたとき(あるいは、なりかけると思ったとき)には、注意が別のものに向きかけていることが言えます。しかもその対象は、ひとつではないかもしれません。
そんなときに「水を飲みこむ」ことで、いったんすべての注意が、そこに集中します。
ここですかさず仕事に戻ることで、脱線せずに作業を継続することができます。


もう一つのこと


ここまでで紹介したことは、上記の記事に書いてある通りです。

ここでもう一つ、私が水を飲むことを実践していく中で、価値があると思ったことを紹介します。
このことを言っておかないと、必ず、「水を飲むだけで簡単に集中できるはずがない」といった話になってきてしまいます。

それは、ここまでで紹介した二つのこと、つまり
  • 脳はほとんどが水だから、水を飲むことには価値がある
  • 水を飲む行為が、散漫になりかけた注意を集めなおしてくる
を「信じる」ことです。

作業を始める際には水(飲み物)を必ず用意しておき、途中で集中力が切れそうになった際に、「今集中力が切れそうになっているけど、水を飲んだらまた集中できるんだ!」と、「思う」ことが重要です。

この理由を説明するのは難しいのですが、私が実践したところ、非常に効果が高かったです。

実は、このことは今回の「水を飲む」以外にも、この分野のことには共通して重要なのではないかと考えています。

同じ手法を行って効果が出る人と出ない人がいるのは、もちろんその人に、合う、合わないといったことも大いにあるでしょうが、手法自体を信じているかどうかも効いているのかもしれません。
このあたりはもう少し考察が必要です。


終わりに


もちろん、集中力を継続できる時間には限界があります。
本エントリのことを実践しても、それを超えて集中し続けることはできません。

2012年2月17日金曜日

私が考えるミステリ

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推理小説やミステリと呼ばれる小説が好きです。
個人的には、この呼び方は何でも構わないと思っていますので、本ブログではミステリに統一します。噂によると、「推理小説」、「ミステリ小説」、「ミステリ」、「ミステリィ」、「ミステリー」は全て異なった定義を持っていると見る向きもあるらしいのですが、私はそこまでは立ち入らないこととします。それほど私がミステリに詳しくないことも関係しているかもしれません。

とりあえず話を進めます。


ミステリのこと


ミステリを読み進めていくと、誰もが必ずぶつかる問題があります。

それは、「ミステリとは何か?」です。

この問いが「ミステリを読み進めていくと」発生する事実は非常に興味深いのですが、今回はそれは置いておきます。

ミステリとは何か、に対しての答えは人によって違うようです。
そのためか、この本はミステリか否か、といった論争が起こることもあります。

つまり、この問いへの明確な回答や、ミステリを規定する絶対的な定義などは存在しません。
そこでここでは、私が考えるミステリについてをまとめてみたいと思います。


私にとってのミステリ


私にとってのミステリとは、謎解き要素は当然あるとして、さらにそれに加え、ミステリでしか許されないような滅茶苦茶な部分も備えているもの、といったところです。

滅茶苦茶な部分とは、論理が破綻していることとは異なります。
本筋と関係ない話が延々と続いたり、常識外れな動機だったり、どんでん返しが四度、五度と起こったりといったことです。

こういったことは、ミステリという括りの中で行うから認められますが、ひとたびもっと広い分野の作品たちと比較されれば、余計なことが書かれ過ぎている、などの評価をされてしまうかもしれません。
しかしミステリを読む上で、そのような簡単には理解できない部分があると、全体として非常に面白くなります。これはその部分が全体の世界観を形成するのに貢献しているのか、謎解きを複雑にしているのか、はっきりした理由はわかりませんが、とにかく面白いのです。
ミステリが、単なる謎解きパズルではないことを示すからかもしれません。

そんなところです。


終わりに


かなり、文章にするのが難しい話でした。

2012年2月15日水曜日

チェックリストへの思い

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しばらく前からですが、チェックリストの素晴らしさを説明することについて考えています。


チェックリストは嫌われる


チェックリストを使用していない人にその良さを伝えようとすると、まず間違いなく否定されます。

このような記事がありました。

人はなぜチェックリストが好きではないのか? | | 作家の作業日報 | あすなろBLOG

果敢にもチェックリストが嫌われる理由を考察した、素晴らしい記事です。
そこでは結論として、以下のように表明されています。
人間の脳はたぶん、記憶内容よりも未知の内容を好む。未来という語は過去という語よりも語感がいい。
非常に説得力があります。
チェックリストが好まれない理由としては、このように理解するのが良さそうです。

さて、私が興味があったのはチェックリストの良さを説明することでした。
上記の話を踏まえた上で、先に進みます。


良さを説明する


日々の生活の中にチェックリストを取り入れることには、必ずメリットがあります。
ただ、これを具体的に言うことは非常に難しいです。良さが伝わらないのは、このあたりに原因があるのかもしれません。

メリットはたくさんあって、説明しきれない。だから、とにかくメリットがあるんだ、使ってみて、と言うしかない。しかしそれだと伝わらないから、仕方なく一つだけメリットを挙げてみる。すると、「え、それがどうしたの?」となる。
……こんなところでしょうか。

これはどんな事柄にも共通すると考えているのですが、そもそも、言葉で説明できることなんて、本当に、本当にわずかな一部分のみで、さらに言えば、言葉にした時点でその表現はかなりの情報を切り捨ててしまっています。

日本語に「捨象」という言葉がありますが、まさにそれです。
また、よく「文章にしてみると(または言葉にしてみると)、何か違う気がする」と言われるような状況も、このことに相当するでしょう。

チェックリストはその最たるものなのかもしれません。

すなわち、「使ってみなければわからない」といった主張は、非常に本質的なのです。

使ってみなければ、わからないのです。

これが本質にも関わらず、「使ってみなければわからない」ではチェックリストの良さを説明できていません。この点で、ここでの論理は決定的な矛盾を内包しています。


チェックリストの本


個人的にですが、上記の矛盾に対抗できる方法を一つ考えています。

それは以下の書籍を読むことです。

『アナタはなぜチェックリストを使わないのか?』(アトゥール ガワンデ (著), 吉田 竜 (翻訳))
私は発売当初に読みましたので、読書体験自体は過去のことになります。
しかし読了後の感動と言いますか、驚きと言いますか、そんな感情は決して忘れません。
(このあたりがまさに捨象です。)

この分野の方々のブログでよく紹介されていることから、ノウハウ本、つまり「チェックリストはこうやって作りましょう」といった内容かと思われる方もいらっしゃるでしょうが、私はそのようには読みませんでした。

どちらかと言うと、チェックリストにまつわるノンフィクション、ドキュメンタリー、スペクタクルといったおもむきです。
つまり、チェックリストはこんなにすごい力を持っているんだ、などのことが実感でき、他方で、どのようにチェックリストを作るべきか、にはそれほど重心が置かれていないように感じたということです。

すなわち、この本を読めばチェックリスト導入の際の心理的なハードルをなくすことができます。


終わりに


ただ、残念ながら上で紹介した本も「とりあえず、読んでみて」と言うしかないのです。

2012年2月14日火曜日

方べきの定理

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非常に素晴らしい記事を読みました。

人前で話すのは、とても大きなチャンスだということ - iPhoneと本と数学となんやかんやと

大好きなブログです。
全体の内容も素晴らしかったのですが、特に感銘を受けたのはこの部分です。
そのとき同時に考えていたのが、数学について書いていくことで「楽しくなけりゃ数学じゃないじゃん」というぼくの数学に対する考え、思いに賛同してくれる方を増やしたい。手を組んでどうにか数学の「嫌いな科目No.1」という汚名を晴らしていきたいということ。
思いに賛同、します。
微力ながら私も本ブログで、少しずつ数学について触れてみたいと考えます。

しかし私は本格的に数学を学んだことはないので、あまりきちんとした解説などは行えません。そのため、本当の数学屋さんが聞いたら怒られてしまうようなことを書くかもしれませんが、私も数学が(得意ではないけど、)好きということでご容赦いただきたいです。


数学の話


(私の時代だと)センター試験の「数学Ⅰ・A」の大問3に、図形の問題があります。
円と三角形が組み合わさっていて、線分の長さや角度などを求める問題です。

この問題、前半部分は正弦定理と余弦定理を公式通りに使えば解けます。外接円の半径を問われることもありますが、これも正弦定理そのままです。
ここまではいいです。

それから、大問の最終盤には難しい問題が来ますが、そこは割と、余弦定理を変形したり、三角形の相似比を利用したりして解けてしまったりします。

しかし問題になるのが、たまに、大問の真ん中より少し後ろあたりに、後にも先にも使われないような突拍子もない線分の長さを問われることがあることです。
この問題が、それまでの正弦定理や余弦定理などのアプローチでも、二等分線などの図形的なアプローチでも、解けません。

おそらくこれをお読みの方は薄々気づいていると思いますが、ここには方べきの定理が登場します。
不思議なもので、言われてみるとどう見ても方べきの定理を使う場面なのですが、それに思い至らないのです。


チェックリスト


ただここで私が強調したいのは、上記のことをもって「自分にはそういうひらめきがないから数学は苦手だ」などは早計だということです。
本当の意味で、上記の場面で方べきの定理をひらめくことができる人はそういません。天才のことはわかりませんが、少なくとも私には無理です。

この部分に、チェックリストを用いる余地があります。
線分の長さを求めることで言えば、例えばノートか何かに、
  • 方べきの定理で解けないか確認する
という項目を作成し、実際に問題を解く際にそれを思い出すのです。これで再度似たような状況に直面しても迷うことはありません。

テスト前にはそのノートを見返しても良いかもしれませんね。


数学の勉強


そう考えると数学の勉強とは、チェックリストの精度を上げていくことと等価になります。
「チェックリストの精度を上げる」とはどういうことかを説明するのは難しいのですが、

『アナタはなぜチェックリストを使わないのか?』(アトゥール ガワンデ (著), 吉田 竜 (翻訳))

を読んでいただければ間違いありません。

チェックリストの精度が一つ良くなるごとに、数学に対しての武器を一つ手に入れたことになります。より良い武器が手に入れば、天才と互角に戦うことだってできるはずです。


終わりに


数学は、「諦めなければ、できる」を示す最高の実例だと思っています。

2012年2月11日土曜日

サクラエディタ

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最近、テキストエディタに「サクラエディタ」を使い始めました。

これがなかなかいい感じですので、思ったことを書いてみます。


導入する


私の場合ですが、以下のページでzipファイルをダウンロードすることで、サクラエディタを利用可能にできました。
(他の方法もあるようです。)

Sakura Editor - Browse /sakura-installer/1.6.3.0 at SourceForge.net


好きなところ、一つめ


サクラエディタの良いところとしてまず挙げたいのが、入力した文字が見やすいことです。

これは非常に大きな個人差があると思いますが、私は見やすいと感じました。これまで様々なエディタを使ってきましたが、そのどれもに文字の見やすさへの不満があり、なかなかこれというものに出会えませんでした。

最近ではChromeからSimplenoteもよく使っており、こちらの文字の表示は素晴らしいです。
しかし非力なPCから長文を入力すると、かなり動作が遅くなってしまいます。
(短い文の入力やパワーのあるマシンを使用している場合でしたら、非常におすすめです。)
Simplenote. An easy way to keep notes, lists, ideas, and more.

やはりローカルで使えるエディタが必要と思っていたところで、サクラエディタと出会えました。


好きなところ、二つめ



次の良いところとしては、Ctrl+UpとCtrl+Downでそれぞれ上下にスクロールが可能なことです。
カーソル移動と画面スクロールの両方を行いたいとき、それらをシームレスにつなぐことができます。


好きなところ、三つめ


次に説明したいのは、「開く」「閉じる」に関わる動作が豊富に用意されている点です。

それらを列挙すると、以下のようになります。
  • 保存して閉じる
  • 閉じる
  • 閉じて(無題)
  • 閉じて開く
  • 開き直す
こういったところは、選択肢があるのとないのとではかかる手間に大きな差が生まれます。
もちろん選択肢が多ければ良いというものでもありませんが、ここでは適当な数に収まっていると思います。


好きなところ、四つめ


最後に紹介したいのは、直接入力モードの時とかな入力モードの時でカーソルの色が違うことです。

当初は、視線を動かさずにそれが判断できることから、単に便利な機能だと考えていました。
しかし慣れてくると、入力しようとする寸前、直感的に「入力モードが意図している方と違う」ことがわかります。
こうなるともう、「便利」を越えてしまっています。


注意するところ


注意すべき点もあります。

それは、(私の)知識とショートカットが違うことです。
一例を挙げると、ファイルを閉じようとCtrl+Wを押しても、それはサクラエディタでは「単語を選択」のショートカットです。

そんなことが起こります。


終わりに


一般的なサクラエディタの特徴にまったく触れませんでした。
本当はもっとたくさん、すごい機能を持っています。

私もそちらの方面はまだなのです。

ロディアと情報の向き

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情報をメモする先として、モレスキンとロディアを使用しています。
多くの情報はモレスキンで書き進めていき、ロディアに書いた場合はマスキングテープを使ってモレスキンに貼りつけます。

今回はそんな話です。


モレスキンの方向


モレスキンに情報を書きつけていくと、どんどんページが送られていきます。
このとき、情報が進むベクトルが前向きだと言うことができます。

ここで協調したいのは、前向きのベクトルしか持っていないという点です。


上向き


ここにロディアが入ることにより、情報が進むベクトルが持つ次元が増えます。

モレスキンのページが送られてしまうと、あまり嬉しくない類の情報があります。
  • 非常に重要で、目立たせたい
  • 一時的に、しかし頻繁に参照したい
  • 後で参照することがわかっている
  • 参照しながら何か別のことを書きたい
  • ある程度の幅を持った期間に、少しずつ追記していくことがあり得る
などです。
特に最後に挙げたことが顕著だと思いますが、つまりは、何かについて書いた後しばらく経ってからそれに関わる新しいことを思いついても、モレスキンのその部分はもう別の情報で埋まっているため、追記ができないということです。

ここにロディアを使用します。
すると、モレスキンのみの情報の流れるベクトルが前向きのみだったのに対し、ロディアはその流れより高い次元に位置して、情報をくくりだしてくれます。

これは上向きのベクトルと呼べます。


下向き


これだけだと、単にモレスキンとは別にまとめ用ノートを用意して、そこに必要な情報を集めていけばよいことになります。
しかしロディアの場合は、十分に書き込まれた後、空いているページに貼り付けられるという点で、それとは状況が違います。

つまりこれは、モレスキンから情報をくくりだした後、再度モレスキン内に戻っていくということです。
このことは、情報が下向きのベクトルを持ったと言うことができます。


後ろ向き


ロディアが貼り付けられる先は、何も現在使用中の空いているページだけとは限りません。
もっと過去のページに、内容などから適切な場所があれば、そこに貼り付けることも可能です。

これは、情報が後ろへのベクトルを持ったことになります。


以上のように


ここまで見てきたように、モレスキンにロディアを組み合わせることにより、モレスキン単体では決してありえなかった情報の向きが発生します。
その結果情報に動きができ、また少しこれまでとは違ったモレスキンの使い方ができるようになります。

さらっと書きましたが、やってみると結構変わります。


終わりに


こういったことを考えておくと、わりといろいろなことがモレスキンでできるようになります。

2012年2月10日金曜日

複雑で好きなもの

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いくつか好きなものがあります。


音楽


一つは音楽です。

音楽のどういったところが好きか、を言葉で表すことはできません。
ですがある一部分を切り取ってみることはできます。

音楽は、ただ聞くだけなら難しいことはありません。聞こえてくる音を追いかけていればいいです。

しかしほんの少しだけ注意深く聞いてみると、そこではものすごく複雑なことが行われていることに気付けます。
それは音色の選び方だったり、音の重ね方だったり、積み方だったりするでしょう。

別にそのようなところに気付かなくても音楽は十分に楽しんで聞くことができますし、むしろ、音楽制作者の方々は「実は裏で複雑なことをやっている」ことを知られないようにしていたりもします。

このあたりが好きです。


コンピュータとか


コンピュータやソフトウェアも好きです。

やはりどういった部分が好きかを言うことはできませんが、一部分を切り取って書いてみます。

こういったものは、人間が触れる部分はほんのわずかです。複雑である中身と比べると、非常にシンプルです。

別に中身が複雑であることを全く知らずにコンピュータを使っていても構わないわけですが、ほんの少しでもそこに興味を持ってみると、実は見えない部分はものすごく複雑だと知ることができます。


一般化


これを一般化してみます。

インタフェースはシンプルだけど、実はその内部構造はものすごく複雑で、手間がかかっているものが好きだと言えます。

ここで、再び音楽の例からもう少し発展させてみます。

聞こえてくる部分も、細かい部分もシンプルな音楽もあります。
しかしそのアーティストのインタビュー記事などを読むと、そのシンプルなフレーズやコードに至るまでに、ものすごい数の録音が没になっていたりします。この場合は、本当に見えないところで複雑なことをしていることになります。
こういったことも好きです。

以下のページにぴったりの例がありますので、引用いたします。

悩めるブロガーに送る@shigotanoさんの言葉 - Togetter
その昔、ラーメンズがネタを考える時に、まず大きな世界観を作って、そのごく一部だけをコントにする、というようなことを言っていた(NHKの「トップランナー」にて)。
まさにこういう状況のことです。これが好きです。


ほとんどは捨てられる


つまり、苦労して作ったもののほとんどは人目に触れることがないわけです。

もう一つ引用いたします。

何度も一から考える - iPhoneと本と数学となんやかんやと
定理の一部分がわからない、と書いたが、一日経ってまた考える時に、その部分だけをとらえて考えてもなかなか理解に及ばない。これは、どれだけ今分からないことを把握していてちゃんと問題点を書き出すことができていても、そうなんである。その定理を一から考えた方が格段に理解できる確率が高い。
とても良い記事です。
こちらもほとんど同じことを述べられていると解釈しています。

昨日まで考えたことは捨てた上でまた今日考えており、もし今日理解に至ったとしたら、それは今日考えたことからの成果で、昨日までのことは数に入ってこないでしょう。


効率


同記事から引用いたします。
問題点を把握できているなら、その部分について考える方が効率がいい、と思ってしまいがちだが、一から考えて全体像を捉え直すことで違う示唆を得ることができる
確かに、わずかな見える部分を作るためにほとんどを捨ててしまうのは、効率が良くないようにも思えます。

しかし私は、この視点を大事にしています。

以前テレビか何かで、様々なものとそっくりな和菓子を作る職人さんを見ました。
その職人さんは、和菓子でハンバーグを作ろうとしていました。見た目はどう見てもハンバーグなのに、味は和菓子、というわけです。

なぜかその職人さんは、和菓子で本物そっくりな、にんじん、玉ねぎ、ひき肉などを作りました。本当に、本物そっくりでした。
そしてその後その職人さんは、見事に作られているにんじんなどをすべて潰して、手でこね始めたのです。

もうおわかりかと思います。
「見た目」が本物そっくりなハンバーグを、もっと言えば「見た目だけ」そっくりなハンバーグを作るためだけに、わざわざ本物そっくりな材料を作り、それを壊してしまうことで、行程から再現したのです。

私はいたく感動しました。


終わりに


特に結論はありません。

好きなものや大事にしていることを伝えるのには、手間がかかるという話です。

2012年2月8日水曜日

やりたいこと

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前回のエントリでは、だいたい以下のような話をしました。
  1. やりたいことを見つけたい
  2. 忙しくする
  3. 自然に思いつく
  4. メモする
  5. やめることを決める
今回はその続きです。


やめることを決める


やめることを決めると一口に言いますが、そこには重要な前提が一つあります。
自分が普段やっていることを、知っていることです。

やっていることを知らなければ、当然何をやめたらよいのかはわかりません。
ところが、自分が普段行っていることや取っている行動などは、それほどわかりやすいものではありません。


やっていることを知る


そこで予想通り登場してくるのが、記録を取ることです。

自分が普段何をしているかを「思い出して」やめることを探し出すなら、集められた記録からやめたいことを「選んで」決定する方がずっと正確ですし、楽です。

この楽であることは割と重要で、新しいことを始めるだけでも十分力を使うことなのに、やめることを探している段階までも大変であったら、最終的にそのやりたいことを断念することになりかねません。

何の記録もなしに一日の行動を思い出すのは、かなりきつい行為のはずです。


桶屋が儲かる


すると、このように話が進んだことになります。
  1. やりたいことを見つけたい
  2. 忙しくする
  3. 自然に思いつく
  4. メモする
  5. やめることを決める
  6. やっていることを知る
  7. 生活の記録を取る
ここから結論として、「やりたいことを見つけるには、生活の記録を取る」ことが導けます。

論理学的には(数理論理というか、述語論理というか)それで正しいのですが、さすがに今回と前回のエントリを読んできてくださった方は、「おお、そうか、やりたいことを見つけて実行するには、生活を記録すればいいんだ」とは思わないでしょう。

最終的にそこに落ち着いただけであって、その過程にはこういったことがあり、そのどれもが重要であることは明らかです。

しかし日常生活ではどうでしょうか。
世の中には、「こうすればうまくいく」ことをうたった方法がたくさんあります。

『「うつ」とよりそう仕事術』ではこのように表現されています。

「うつ」とよりそう仕事術』(酒井 一太)
開陳されたテクニックの上澄みだけ真似ても意味がないのです。
この類のことは本ブログでも一貫して語ってきていますのでここでは深くは触れませんが、何も理解しないまま、アメリカで大雨を降らそうとアマゾンで蝶々を羽ばたかせても仕方ありません。

仮にそれで本当にアメリカに大雨が降っても、それはまったく再現性のないことです。


終わりに


少しこの喩えは違ったかもしれません。

2012年2月6日月曜日

最近忙しい

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訳あってここのところ多少忙しかったりするのですが、そんなときだからこそ可能なことがあります。

それは、自分がやりたいことを発見することです。


やりたいことを見つける暇がない


忙しくて、やりたいことを見つける時間が取れないかもしれません。
しかし、以下の記事が参考になります。

忙しい時ほど「やりたいこと」が見えてくる
やりたことを考えている暇はない!と言われる方が居るかもしれませんが、忙しい時の方が、アイデアは浮かぶものです。
これは、割と多くの人が同意できることだと思います。すごく忙しいときほど、あれがしたい、これがしたいと考えることが多くなります。
忙しい時の方が、時間がなくて、余計なことが出来ない分、シンプルかつストレートな方法で行動しようとするので、結果的に効率が良いと感じます。
このような効能もあるようです。


やりたいことをやれるようにする


上記のことが正しければ、忙しい人はやりたいことをたくさん抱えていることになります。

多くの人は忙しい毎日を送っているはずです。しかしそれでいて、やりたいことが見つからないような状況が起こるのは、どういった理由によるものなのでしょうか。

これはおそらく、忘れてしまうためです。

そこで、以下の記事が素晴らしいです。

347:「やりたいこと」は見つけなくてもいい、忘れないように工夫すればいい | | SOHO考流記 | あすなろBLOG
「時間ができたらやろう」と思ったことは思った途端にメモして一箇所にまとめておく。アイデアとともに、「やりたいこと」についても、忘れないうちに書き留めておくことが大切です。
書いておけば良いのですね。
この考え方は、非常に忙しいにもかかわらず手帳を持ち歩いてメモするというものであり、一見困難そうです。

ところが少し実践してみると、「忙しいから、あれこれ考えるより先に書いて終わりにしてしまえる」ことに気付きます。
これは手数は増えていますが、精神的にはとても楽です。


やりたいことをやろうとする


さて、忙しさが多少緩和されたら、実際に書き留めてあったことの中から何か実践してみたいところです。

このとき、確実にやりたいことをやるために重要なことがあります。
これをせずにいて、本当は時間ができているはずなのになんとなく過ごしてしまい、時間がないように錯覚してしまうことは少なからずあります。

それは、やらないことを決めることです。
これは多くの記事で言及されていますが、とても素晴らしいこちらの記事を引かせていただきます。

目標達成のために「やるべき5つのこと」:日経ウーマンオンライン【今年やっておくべき5つのこと】
 なぜ「やらないことを決める」のかは簡単です。これを決めておかないと、「目標達成のためにやること」は5項目などでは済まなくなり、どんどん肥大化し、時間がなくなり、やめてしまうことになるからです。挫折とはこの流れで起きることなのです。
別に新しいことを始めなくても一日の時間は変わりませんし、これまでまったく何もしない時間がものすごくたくさんあったわけではないでしょう。
新しく何かするなら、何か減らす必要があります。


やりたいことはやりたくなかったりする


数学的に、時間に着目すると以上のような説明になりますが、私はもう一つ重要な側面があると思っています。

それは、やらないことを決めたことにより、やりたいこと、さらに言えば「ちょっとやってみたいかも…」と思ったことを始めやすくなるという点です。
これは、「やりたいこと」が自分にとって強制されるものではなく、自分のために、また自分の将来のためにやっておくのが良いだろうと思われる程度のものである、という前提に基づいています。

こういったことは結局、やらない方が今は楽です。
しかしここで、すでにやらないと決めたことが存在していると、無理なく新しいことを始められると思います。


終わりに


ですので、忙しい期間を無駄にしてはならないのです。

2012年2月4日土曜日

KJ法と音楽理論

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たびたび為される議論に、音楽理論の是非についてがあります。
「議論」と呼ぶのも「是非」と呼ぶのも適切でないような気がしますが、そこは置いておきます。


音楽理論


簡単にまとめてしまえば、音楽を演奏する側の人が、音楽理論を勉強するかどうかの話です。

クラシックやジャズ畑の人たちには、あまり当てはまることはないと思います。
多くの場合、そういった人たちは十分に音楽理論を学んでいるでしょうし、その知識は実際の演奏時にもしっかり役立っているはずです。例えばジャズを弾く人が、テンションノートやアッパー・ストラクチャー・トライアドといった概念を知らずに演奏していることは考えにくいです。

ところがこれがロックンロールになると、話が変わります。

どうやらロック畑には、音楽理論を学ぶと表現の幅が狭くなると認識している人が多いらしいのです。(出典は昔読んだ雑誌です。)
自分の音楽を規制するものであり、学んでもデメリットしかない、といった感じでしょうか。

音楽理論を知っているプロデューサが、それを知らないロックミュージシャンに「このフレーズはどうしてこうなってるの?」と聞いたら「いやー、それが自分でもよくわからないんですよねー」となぜか嬉しそうに答えた、というエピソードが紹介されていました(と記憶しています)。


音楽理論に従う


ここで確認しておきたいのは、別に音楽理論はできることを狭めるためにあるわけではないということです。
アレンジや使われている楽器、音色などの様々な要因によって、音楽理論では否とされていることも「気持ちよく」聞こえることは多々あります。有名なのは連続5度でしょうか。これは音楽理論では禁止されていますが、ロックンロールでは普通に使われていますし、クラシックでも使用例があるようです。
音楽理論が絶対といったことはなく、聞いてみて「格好いい、気持ちいい」メロディや和音を採用して構わないのです。

するとなおさら音楽理論は不必要なものに見えてきますが、それがそうではないと考えています。

何も知らずに気づいたら音楽理論に違反しているのと、違反を理解しているが気持ちいいので採用したのとでは、次元が全く異なるからです。

こういったところに、本当に素晴らしい自由があると思います。


お仕着せの手法


私が複数エントリにわたってKJ法について述べてきたのは、これを説明したかったからです。

KJ法に限りませんが、こういった話には必ず、そんなお仕着せの手法を使うだけで簡単に生産性が上がるはずがない、といった物言いがあります。
それは、確かにそうでしょう。

生産性を上げるためにはそれなりの訓練が必要ですし、その人には合わないこともあります。
しかしそこで、押しつけられた手法を使うくらいなら自分なりに自由にやった方が良いアイデアが生まれる、などの主張は、私は違うと思うのです。

もちろん、自分なりに自由にやるのが一番良いと思います。その人に適したやり方はどこかに必ずあるはずです。
しかし、「何も知らずになんとなく自分なりにやっている」のと、「これは自分なりにやっているがあの手法とはここが異なっている」ことを理解しているのとでは、次元が全く異なります。

こういったところに、本当に価値ある自由があると思っています。

少し表現を変えます。
しっかりと自由にやるために、お仕着せの手法が必要です。

当然お仕着せの手法をただ使っているだけでは、良い結果は得られません。ちょうど、ただ音楽理論をなぞっているだけでも感動的な音楽が作れないのと同様です。
ただしそれをもってお仕着せの手法が無駄だといったことにはならないのです。


KJ法


今回とここ数回のエントリから、言及する価値のあることが二つ出てきます。
  • KJ法は、カードを使うことが本質ではない
  • KJ法そのものは役に立たないかもしれないが、それは問題ではない
こういったことを考えておくと、いろいろわかりやすくなると思います。


終わりに


これでKJ法の話は完結です。以下にそれらのエントリを掲げておきます。

それから、私が好きなロックミュージシャンはほとんどが音楽理論に詳しいようです。
やはりその方が格好いいです。

2012年2月3日金曜日

KJ法と折衷案

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前回エントリの最後に、KJ法のようなボトムアップ的アプローチであっても、扱う情報が増えてくるとそれが困難になることを述べました。

そこでKJ法の完全な適用を妥協することで、これを改善することを考えます。


情報が多い


KJ法において扱う情報が多いというのは、始めに行うブレインストーミング的な作業で書き出されることがたくさんあるような場面です。

残念ながらこれに対応する唯一(と私が思っている)の方法は、情報をあらかじめ分類することです。
ブレインストーミングする対象を狭めておいて、出てくる情報が増えすぎないようにしておくしかありません。

状況としては、メインテーマがあり、それをセントラルイメージに据えたマインドマップで、メインブランチのみを伸ばしたところを想像してみてもらえれば良いです。


メインブランチの先


マインドマップでは、まずはメインブランチを書き入れます。ここに工夫がないため、将来無理が出てきてしまうような分類を作ってしまいやすい点で、前回エントリでは問題視したわけです。

しかし今回は、あえてそれを行います。

具体的には、始めにメインブランチを伸ばし、その先で、その枝に乗せられたワードを元にKJ法を実践し、これをメインブランチの本数だけ繰り返すことになります。
すると、そのワードに関係のある世界でしかJ法は行われないため、扱う情報が少なくて済みます。

このアイデアは、Rashitaさんの以下のブログにも出現してきています。

章立て - Rashitaの日記
最初に章立てして、書き進めながら構造を再構築していくというのは、部分的なKJ法の適用です。
「部分的なKJ法の適用」との表現になっています。


考えること


するとここで重要になってくるのが、やはり、始めにどのように分けるかということです。
考えられるアプローチが二つあります。
  1. 絶対に後で組み換えが起こらないように分ける
  2. ゆるく分けておき、組み換えを繰り返しながら進んでいく
順に見ていきます。


組み換えが起こらない


可能であれば1で進める方が、問題が起こりにくく楽になると思います。

タスク管理についてとなっていますが、ここで活用できそうな記事があります。

タスク完遂の秘訣!3つの視点でタスクを細分化しよう!! | jMatsuzaki
この「アウトプットとパーツ」という視点にのっとってタスクを細分化すると、作業範囲が明確になりやすく、より正確にタスクを洗い出せる場合が多いからです。
アウトプットとパーツの視点です。
どんなものかというと、アウトプット(成果物)をひたすら構成パーツ(部品)に細切れにして行くという方法です。
おそらく構成パーツと呼ばれるものは、後から組み換えが起こることはないでしょう。
しかし、
この視点のアキレス腱は、自分がそのタスクの内容に精通していなければいけないという点です。
ということです。これについては私も前回エントリで触れていますので、詳細は省きます。


組み換える


組み換えを繰り返しながら進んでいくのは、上で紹介したRashitaさんの記事を見ていただくのが良いです。
なんというのでしょうか、書いている内に自分が理解できることってあるんですよね。で、その理解した視点からみると、最初に立てた構造がどうも違う、と感じる。
これが起こることを前提として進めるわけです。

やはりこちらは、複雑で難しいのがネックになります。しかし大変魅力的です。


終わりに


本エントリのことは、わりと実用的かと思っています。

2012年2月2日木曜日

KJ法とマインドマップの差異

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前回のエントリでは、KJ法の大まかな様子を見ていきました。

今回テーマとしたいことは、以下のエントリに依っています。

シゴタノ! —    構造化はブレストのあとで 〜KJ法のエッセンス〜

こちらは前回ご紹介した、

シゴタノ! —    KJ法がもたらすもの、あるいは凡人のための発想法

の連なりの記事となっています。
つまり、上記二つと同じ流れを本ブログでも行ってしまおうとしているわけです。したがって、そちらの記事を読んだ方にとって私の方は無駄なエントリとなります。

しかし、私はKJ法を非常に評価していますし、それを伝える上で本エントリのことにはどうしても触れておきたいのです。


マインドマップ


マインドマップは今やすっかり市民権を得ていますので、改めて私から説明することはありません。
KJ法と同じく、発想や情報整理などを行うツールです。

ここで述べておきたいのは、マインドマップではトップダウン的なアプローチを取るということです。

「シゴタノ! —    構造化はブレストのあとで 〜KJ法のエッセンス〜」から引用します。
トップダウン的アプローチは主題を分解していく方法です。 
まず主題(テーマ)を設定します。その主題からいくつかの中テーマを導き出し、その中テーマからさらに小さいテーマへ、と細分化を進めていきます。
情報がトップダウン的に扱われていくことが重要であり、きれいな絵を描いたり、鮮やかな色を使ったりといった部分は本質ではありません。


KJ法


KJ法では、初めに末端から作られます。それぞれの情報が持つ意味などは考慮しないまま、とにかく言いたいことを書き出していくわけです。
そしてその後に、節や章、そしてテーマが決まっていきます。
これはボトムアップ的なアプローチです。

すなわちマインドマップとKJ法では、本質的に持っている能力が全く異なります。


トップダウンの問題点


トップダウン的アプローチでは何よりも、始めに分類を定めてしまう点で無理が生じることがあります。

どんな場面で用いるのであれ、メインとなるテーマはあらかじめ決定していることが多いでしょう。
しかしその次のステップの大分類を作成する時点では、将来それがどのように進んでいくかわからないまま、大いなる予断を持ってそれを決定しなければなりません。

正確に言えば、予断でしか決定できないのです。
これは、扱う情報の総量が十分に小さいことがはっきりしていて、かつその類の情報の取り扱いにとても慣れていればうまくいくでしょう。
これはつまり、単純でわかりやすいものならトップダウン的アプローチで良い、ということを意味しています。


こんな状況


実はこういった、「先に分類を作ると(複雑さを原因として)後からどうこうするのが事実上不可能になる」状況は、おそらく多くの人が経験しています。

Evernoteのノートブックです。

そこでEvernoteの整理法として、『EVERNOTE「超」知的生産術』(倉下忠憲)で「マドルスルー整理法」が唱えられているわけです。
最初に完璧な形や理想像を設定し、それに従って整理していくのではなく、とりあえず情報を入れていき、実際にそれを取り出して使いながら自分なりの整理方法を徐々に作り上げていく、あるいは目的の変化に対応して整理も変更する、というのが「マドルスルー整理法」です。
この「マドルスルー整理法」は、まさにボトムアップのアプローチを取っています。


ボトムアップの問題点


実はボトムアップにも(本質は異なりますが、一見)似たような問題が潜んでいます。
始めに取り扱う末端の情報が多すぎると、グループを作るために検証しなければいけない組み合わせの数が膨大になってしまうことです。
トップダウンのように「どうこうするのが不可能」になるわけではなく、単に手間がかかるというだけですが、無視できない問題です。
これにより、ボトムアップ的アプローチの汎用性が低くなってしまうためです。


終わりに


汎用性が低いのは悪いことなのか、といったそもそもの問題はあるにせよ、何かしら考えたいところです。