2012年5月31日木曜日

ライフハックが止まらない

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本ブログでは何度も触れてきていますが、とある界隈にはライフハックというものがあります。
Wikipediaにも項目があるようです。

Lifehack - Wikipedia

それによれば、ライフハックなる言葉は2004年から使い出されたようです。

今回はそんな話になります。


ライフハックとは


その筋の人たちの間でたびたび話題になることとして、「ライフハックとは何か」があります。
もちろん、その成り立ちははっきりしているようですし、起源に基づいているものが真であるのだとすれば、そこに疑問はないものと思います。
要するに、上で紹介したWikipediaのページに書いてあるようなことが、「ライフハックとは何か」の回答になるということです。

ですが、この世界にある言葉のほとんどがそうであるように、ライフハックもまた、その成り立ちに基づくことでは先の設問への回答を十分に表現することはできません。
ましてや、ライフハックのような類の言葉ではなおさら、起源など考慮されずに各所で独自の解釈が広まっていくことでしょう。

少しここは回りくどい書き方になってしまった上に、これ以上やると言語学などの領域に入ってしまいそうですので、やめておきます。
ここでは、「Wikipediaにライフハックの起源とそれに伴う意味は書いてあるが、その記述でライフハックとは何であるかに回答できるわけではない」と述べたことにしておきます。


「ライフハックLiveshow」にて


以前に、以下のようなエントリを書きました。

23-seconds blog: 「ライフハックLiveshow」概観

こちらの企画の #01 が、YouTubeで視聴できるようになっているようです。

ライフハックLiveshow #01 「3...2...1...キュー!(べい)」 - YouTube

この番組の中で、少しだけ「ライフハックとは何だろう」といった話が触れられています。

そこでは、「ライフハックは、話を聞いていもらえるプラットフォームのようなものになれる点で、価値がある」のような意見が出ていたと思います。

つまり、ライフハックそのものの定義には深入りせずに、自分の声を拡散させるために便利であることにのみ着目しているわけです。

これは一つ、ライフハックについての考え方としてあり得るものだと感じています。
言葉としての「ライフハック」が広まったためにそれを定義づけることが容易でなくなった以上、この方向性にはメリットがあります。


知恵袋


他方で、上記の番組内で少し触れられていることに、ライフハックが揶揄されるとの話がありました。
そこで述べられていたことによると、「ライフハックなんて言っているけど、おばあちゃんの知恵袋と何が違うんだ」といった意見があるようです。

ここで私が取り上げたいのは、このような意見を踏まえた上で、「では、ライフハックとは何だろう」と考えることについてです。
もとい、「では、ライフハックとは何だろうと考えること」についてです。


ライフハックを考えること


「おばあちゃんの知恵袋と何が違う」と問われて、はて、何が違うだろうかと考えるわけです。

そこで思い至る違いはどんなものでも構わないと思いますし、それを体系立てて説明できなくても良いです。さらに言えば、何も違いがなくても別に問題ありません。

ただ、そこにある差異がどんなものかははっきりしないとしても、それがライフハックである以上、そのものが日常を改善する何かであることは、それほど的外れでなく言えるはずです。
むしろ、上述した「おばあちゃんの知恵袋との違いを考えること」において、それが「日常を改善するもの」であることは自明とした上で考えを進めているものと思います。

言いかえれば、「ライフハックとは日常を改善するものだが、さて、それは知恵袋とは何が違うのだろう」との状況です。

すると、ライフハックを考えるためには、日常についてを考える必要が出てきます。

私にとって日常とは、ある面で習慣のことです。
そしてまた別の面では、日常とは人生のことです。

つまり、ライフハックを考えることは、人生について思いを巡らすことになります。

そこで考える内容の良し悪しは別として、いえ、人生について考えたことに良いも悪いもありませんが、ともあれ、普段の生活の中で、人生について考える機会が得られるというのは、きっと悪い話ではないはずです。

これを、私たちの大好きなライフハックの言葉に直せば、「ライフハックについて考えるというライフハック」です。


ライフハックの人たち


これを認めると、また別の疑問が出てきます。

普段からライフハックを叫んでいる人たちは、それほど人生について考えているのだろうか、とのことです。

ここでは、もう一つ私の考えを記しておくことにします。

ライフハックですとか、タスク管理ですとか、そういったことを言っている人(私も含め)の多くは、ある種のロマンチストだと思うのです。

これについてここで深入りはしないことにしますが、ほんの一例を挙げておきます。

私たち(と勝手にひとくくりにしてしまいます)は、生活する中で5分だけ空いた時間があったときに、ぱっと本を開いて少しでも読み進めることで、長期的に見たら人生が変わると本気で信じています。

冷静に考えれば、5分くらいでそれほど本が読み進められるわけではありませんし、そもそもその本にそれほどの力があるとは思えません。
さらには、ここで言う「長期的」がどの程度のものかも、「人生が変わる」が何を指しているのかもわかりません。

それでも私たちは、それを信じて実行するのです。
私はこれをロマンティックだと思います。


終わりに


さて、ライフハックとは何でしょう。

2012年5月29日火曜日

矢のごとき不安

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このところ、日々の生活について気になっていることがあります。

今回はそんな話になります。


ままならない


ここ二週間ほど、なんと言いますか、日々の生活が思い通りにいっていないような気がしています。

自分の感覚を言葉にすると、月日が過ぎ去ってしまっている感じ、とでもなりそうです。
他方でわかりやすい言葉を持ってくるなら、やりたいことができていない感じ、となるかもしれません。

(このような表現になっているからには当然、「自分の感覚を言葉にしている」表現の方が、実感としては正しいように思います。)

決して、「重要だけど緊急でない」タスクに時間がかけられていないようなことはありませんので、このままでも今後何かしらの影響が出てくることはないとは思っています。
とはいえ、自分の毎日が矢のごとく過ぎ去ってしまうように感じるのは、気分が良くないものです。

得体の知れない不安のようなものが突き刺さってきます。

何かしらの対策を取りたいところです。


記録を取る


やはり、これに対抗するには記録を取ることです。

もちろん、これに関しては人それぞれ様々な対抗手段があるはずですし、各個人に合った方法を用いるのが一番だと思います。

いずれにせよ、私にとってのその方法は記録を取ることです。
記録には、過ぎ去っていく時間をほんの少しだけ引き止めてくれる力があります。あるいは、そう信じています。


得体の知れない


ここで取り上げたいのは、記録を取ることそのものではなく、すぐ上に書いた「人それぞれの対抗手段」の方です。

誰しも、人としてなんだかんだと毎日生活していると、特に「時間」の有様について、得体の知れない不安のようなものが現れてくることがあるでしょう。
ただひたすらに時間が流れていくことに恐怖を感じたり、何がなんだかわからないままに時間に追われているような気がしたり、といったことです。

このようなことは、時間というものの性質から言って、完全に避けて通ることは不可能な類の感情です。すなわち、程度の大小はあれど、時間に関する恐れのようなものはどんな人にもあるはずなのです。

すると、そこには「人それぞれの対抗手段」が登場してきます。

この「手段」は、実際にはどんなものでも構わないと思っています。
今のところ私には実例が思いつきませんが、その人が時間に対する不安に対抗できると思えるものであれば良いのです。

そして、ここに私は「記録すること」を持ってくるわけです。

記録することにそれほどの価値があるのかとか、過ぎゆく時間を本当に引き止める力があるのかとか、そういった議論はすべて脇によけてしまったとしても、誰もが抱く時間への不安に対して、「これで対抗できる!」と信じられるような手法を一つでも持っておくのは、決して悪い話ではないと思うのです。


不安を感じている


ここまでで、自分の日々の生活において、その時間の使い方を思い通りにできていない、すなわち時間が何となく流れて行ってしまっているときの対応についてを述べました。
要するに、自分なりに信じられる対応策を持っておく方がきっと良いはずで、私の場合ではそれは記録することである、との話です。

であるなら、次の課題として、「最近、時間が流れていってしまっている」と何をもって判断するのかを考える必要が出てきます。
つまり、時間の流れについて不安が出てきている状態とは、自分がどうなっていることを指すのか、の指標のことです。

もちろん、そう明確な指標がそこに現れるとは思いませんし、「不安に感じているから不安である」でも別に構わないとは思います。
しかし、何か判断できる材料がある方が、それを基にしてより深い結論を出すことができます。

そしてと言いますか、やはりと言いますか、私はここにも「記録」を持ってくることにします。
「記録が残される量が少なくなってきたら、私は時間について不安に思っている」との判断基準です。


単純


これは、ある側面からはとてもわかりやすい判断基準です。
なぜなら、量が多い、量が少ないとのことは、数値化して比べることができるためです。例えば、「普段は一日一ページの記録があるのに、最近は半ページしかない」のようにです。

ところが、一歩引いて見ると多少わかりにくくなります。
  • 記録が少ないと、時間への不安がある
  • 時間への不安があったら、記録を取る
本エントリではこのように述べてきたわけですが、話を単純にするのが好きな方にとっては、私は「記録が少ないから、記録を取る」ことをしているように見えるかもしれません。

もちろん、私としてはそのようなつもりはありません。
ここに出てくる、
  • 記録が少ないこと
  • 時間への不安があること
  • 記録を取ること
は、それぞれたくさんの要因から発生して、そしてたくさんの影響を周囲に与えています。

そのうちの、ほんのわずかな一部分だけを、本当はそんなことは不可能かもしれないにも関わらず、無理やり切り取ってきて、こうして日本語にしているに過ぎません。

確かに、見えている部分は単純です。
ですが、それしか見ないでいるとわからないこともきっとあるのです。


終わりに


かといって、ひたすらに見えないものを追いかけるのが良いとも限りません。
そして当然、「だから、バランスが大事ですね」といった単純な結論にもなりません。

そういったことをすべて含めても、「不安なときに信じられる手段があるのは、悪くない」はずなのです。

2012年5月27日日曜日

自分というノート

Clip to Evernote
ブログ「おまえは今までスキャンした本の冊数をおぼえているのか?」さんで、「Evernote”超”初心者講座」なる企画が始められています。

Evernoteは何ができて、何がスゴイの?[Evernote"超"初心者講座 第1回]

「第1回」には、その企画が始められるに至った動機が述べられています。
引用いたします。
ですが、Evernoteをほとんど使ったことがないというような「本当の初心者向け記事」って意外とないもんだな…と、以前福岡で初心者向け「Evernoteの使い方」講義をしたときに思いました。
というわけで、講義のときに作った資料をもとに、これから不定期に[Evernote超初心者講座]を連載していきたいと思います。
Evernoteの初心者向けに役立つような記事が、あまり存在していないとのことです。

確かに、言われてみるとそうかもしれません。
私も今でこそ生活の一部としてEvernoteを使っていますが、アカウントを取ったばかりの頃は決して初心者向けではないと思われる記事をたくさん読んで、そこで言われていることがよくわからないままに進んでいたような気がします。

私の方法が良くなかったのかどうかはわかりませんが、いずれにせよ、Evernote初心者でない人にとっても楽しみな企画がスタートしました。今後の連載が待ち遠しいです。

今回はそんな話です。


第2回


件の連載は、第2回が公開されています。

[Evernote超初心者講座 第2回]まずは、"ノート"と"ノートブック"の2つだけ覚えよう!

記事全体として述べられていることは非常に素晴らしいので、ぜひ多くの方に読んでいただきたいのですが、ここで私が取り上げたいのは、その中にあったある一文についてです。

引用いたします。
要するに、メモでも、写真でも、音声でも、後で見たいホームページでも、何でもかんでも「ノート」としてEvernoteに放りこんでおけるわけですね。
Evernoteを、紙のノートを引き合いに出して説明している部分です。
紙のノートに1ページ1ページ記録を残していくのと同じ発想で、Evernoteに「ノート」を作っていくことができるわけです。

さて、私が言いたいのは、この引用した一文をさらっと読んでしまってはいけない、とのことです。

ここで言われている「中身が何であっても、それはノートである」ことは、Evernoteの根幹を成す考え方です。

私は今まで、「Evernoteとは何か」との問いに回答することを、できるだけ避けてきたつもりです。
それはひとえに「簡単に回答できるものではない」と考えていたためですが、今回、ある意味Evernoteを評する際には「頻繁に見る」ようなこの表現に対して、突然合点がいきました。

「ああそうか、何でもかんでもノートなんだ」という風にです。

言葉として「Evernoteは難しいものではない」のは理解していましたが、今回それに心から納得がいったということかもしれません。


ノートがある


これからは私にも、「Evernoteとは何か」に回答できます。
Evernoteとはノートを残す場所です。

(ただ、回答できても、表現自体はよく目にするものであるため、これを聞いた人が今回の私と同等のレベルで心から合点がいっていないと、あまり意味がありません。それはまた別の話になってきます。)

さらに言えば、データそのものを置く場所ではなく、その情報と自分が関わった体験の記憶が保存されているのが、Evernoteなのです。

いま、Webクリップを例に挙げるとすると、すなわち、Webクリップを保存しておくのがEvernoteなのではなく、自分がそのWebページを読んだとの体験を「ノート」として残しておくことができるのが、Evernoteです。
だからこそ、その中身がWebクリップであろうと、何であろうと、それは「ノート」なわけです。


整理しない


同じく、「[Evernote超初心者講座 第2回]まずは、"ノート"と"ノートブック"の2つだけ覚えよう!」から引用いたします。
「よし、じゃあ使ってみよう!」と思って、まずはノートブックをたくさん作ってしまう方がいると思います。 
「アイデア」「Webサイト」「食事」「仕事」などなど・・・ 
そのやり方を否定するつもりは全くないですが、そのノートブックは本当に使うでしょうか?
逆に分類がめんどくさくなって使わなくなる…なんてことにならないでしょうか?
こういった、「Evernoteは一生懸命整理しなくて構わない」といった話も、Evernoteについての情報をよく集めている方なら何度も目にしていると思います。

このことの根拠の一つとして言えるのは、「検索機能を始めとして、Evernoteには整理なしでも問題なく使っていける仕組みがそろっていること」です。

それは間違いないものとして、ここでは前半に述べたことを踏まえて、それとは別の根拠について考えてみます。
やはり持ち出すのは、紙のノートの例です。


紙のノート


少し前に、『シゴタノ!手帳術』を読みました。

『シゴタノ!手帳術倉下忠憲、北真也、大橋 悦夫)

こちらに、以下のような記述があります。
 一人の人間は多くの役割を持っています。たとえば、仕事、家庭、プライベートといったものです。そういった複数の役割を、状況ごとに使い分けながら人は生活しています。私がほぼ日手帳に書くときには、こういう役割を意識しないようにしています。 
 つまり、仕事だからこの手帳、プライベートだからこのノート、といった使い分けをしないということです。むしろ、そういうさまざまな役割の土台にある、「自分」という視点で記録を付けていると言えるかもしれません。
手帳やノートに、日々の出来事を書きつけていくことについての文章です。
私も、こういったことは普段から意識するようにしていて(いえ、意識はしておらず、自然に、かもしれません)、すなわち「何についてのことでも、モレスキンにずらっと書いてしまう」のです。
ひいては、私が本当に意識しているのは、ここで言う「自分という視点で記録を付ける」ことになるのかもしれません。

これをうまく説明する文章が、以下の記事にありました。

・「仕事納め」なしのシームレスな生活 | EX-IT

非常に参考になる記事です。該当する部分を引用いたします。
どこまでが仕事、どこまでがプライベートという継ぎ目は少なくなっています。
仕事とプライベートに関する記述です。こちらでは、そこにある継ぎ目が少なくなっていることが言われています。
そもそも、読書が仕事に入るのかプライベートなのか、ブログを書くのはどちらに入るのか、曖昧なものは多いです。
クライアントとの会話も、すべて仕事のことではなく、プライベートのこと、オススメの本やセミナー、IT機器の話もします。
要するに、仕事とプライベートの間には元々線引きはできない、との話であるという理解で良いかと思います。

ここで一つ前の話に戻って、「仕事だろうとプライベートだろうと、自分である」との考え方になるわけです。


自分とEvernote


これで、少し上に掲げた問いである「なぜEvernoteでは情報を整理しなくて良いのか」の話ができます。

すなわちこれは、ここまで述べてきたことを連ねていけば、その回答になります。
  • Evernoteは「ノート」である
  • Evernoteに保存される情報は、すべて「自分の体験について」である
  • (紙の)ノートに情報を書きつける際には、分類を意識しない
  • そもそも、「自分である」以上の分割はできるものではない
といった感じです。
もちろん、こういった「まとめ」めいたものは本来、情報を受ける側が自由に行っていいものだと思いますので、「私は、だいたいこんな風に思っている」程度のことです。

とりあえず上記の箇条書きを基にすれば、「自分である」以上の分割ができないために、Evernoteで一生懸命情報の整理を行うことはない、といったものが回答になるでしょう。


終わりに


よく「手帳を使いこなせない」との話を耳にしますが、(この表現自体に問題がありそうなのは置いておいて、)一つのチェックポイントとして私が常々考えているのが、「仕事以外のことも書かれているか」です。

この話は長くなりそうなので、別の機会にします。

2012年5月26日土曜日

新世界のように

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以下の記事を読みました。

47 Keyboard Shortcuts That Work in All Web Browsers - How-To Geek

記事自体も非常に参考になりますが、それとは別に派生して考えることがありました。

今回はそんな話です。


共通のショートカットキー


同記事から引用いたします。
Each major web browser shares a large number of keyboard shortcuts in common. Whether you’re using Mozilla Firefox, Google Chrome, Internet Explorer, Apple Safari, or Opera – these keyboard shortcuts will work in your browser.
(拙訳)
多くのブラウザは、たくさんのキーボードショートカットを共有しています。あなたが使っているのがFirefox でも、Google Chrome でも、IE でも、Safari でも、Opera でも、そういったキーボードショートカットは動作するのです。
つまりこの記事は、様々なブラウザで共通に使えるショートカットキーを紹介したものであるわけです。

この「共通に使える」ことは、個人的にとても重要だと感じています。


辞書登録


PCでの文字入力を楽にする方法の一つに、辞書登録があります。
ライフハック的には基本と言っていいでしょう。

ですが私は、この辞書登録というものがあまり好きではありません。

それは、文字を入力する機会はあらゆる端末に対して発生するため、ある辞書登録に慣れてしまうことで、別の端末での入力が困難になってしまうからです。
要するに、データ同期の問題です。

私は知りませんが、いわゆるクラウドを介してそれを可能にするようなアプリケーションも、ひょっとしたら存在しているかもしれません。
しかし、私が文字を入力する端末には、自分の所有でないものも、ネットワークに常時接続でないものも、ポメラも、iPhoneやiPod touchもあります。
これは別に私が特別なわけではなく、今の時代、多くの人が同じような状況にあるでしょう。

これらの間で完全にデータを同期することは、そう簡単なことではないはずです。
そのために、端末を移動して思った通りに文字入力ができないと、新世界に来たような居心地の悪さを感じることになってしまうのです。

こういったことは、特に文字入力の際にのみ限定して起こります。
おそらく、「キーボードで文字を入力する」との動作は、非常に感覚的なものであるのだと思います。他の、例えばマウスを操作するなどのことでは、こういった微妙な感覚の差異について気になったりはしません。
そのために文字入力では、辞書登録などが「少しでも違ってしまうと気分が良くない」といった印象が生まれるのかもしれません。


話を戻す


そこで、冒頭に掲げた「共通に使える」キーボードショートカットの話に戻ります。
共通に使えるのであれば、一度身に付けてしまえば端末を移動してもそのメリットを得ることができます。

この点で、私は上記の記事に価値を感じたのです。


終わりに


「新世界」で思い出したのですが、しばらく前に、「D-Formation」(茅原実里)を購入しました。
Amazonへのリンクを載せておきます。

Amazon.co.jp: D-Formation: 茅原実里: 音楽

こちらが、非常に素晴らしいアルバムです。

茅原実里さんにとっては4枚目のオリジナルアルバムになるでしょうか。
(このあたりややこしいので、4枚目ということにしてしまいます。)

2枚目「Parade」から3枚目「Sing All Love」への流れを見るに、今回の「D-Formation」はさらにバンドの「生演奏感」や「一体感」を押し進めたものになるものと予想していました。

しかし、それが完全に裏切られる格好となりました。
どちらかといえば、1枚目「Contact」を継承してきたようなコンセプト、音作りになっています。
あえて言うなら、「Contact」の「トランス+ストリングス打ち込み」といった雰囲気ではなく(「Contact」はあまり聞きこんではいませんので、この部分は不確かです)、少し前のエレクトロ・ブームを踏まえた上での、新しい「強いエレクトロ」とでもするのが良いでしょうか。

確かにこうして提示されてみると、シングル曲「Planet patrol」や「TERMINATED」を伏線として、こういったアルバムにしてくるというのは、鋭い人には予見できたのかもしれません。
実際、本アルバムではシングル曲としての「伏線」が絶妙に使われています。

それから、上述した「強いエレクトロ」との意味では、トラック1「D-FORMATION」からトラック3「嘘ツキParADox」の流れが素晴らしいです。
アルバム「D-Formation」という世界への入り口としてもそうですし、楽曲としても、陳腐な表現になりますが、エレクトロがまた次の時代へ至ったことが感じられます。
衝撃的な3曲です。

その後、「Planet patrol」や「Defection」が絶妙に使われて中盤が進んでいきます。

そして、なんといってもトラック10「暁月夜」が壮絶です。
私はこの曲を何度聞いても鳥肌が立ちます。

もちろん、一番わかりやすいのが感想のバイオリンソロです。
初めて聞いた際には、そのあまりの強烈さに私の行動が停止してしまいました。

目立つのはそのソロ部分なのですが、それより少し前でギターがリードする箇所があり、そちらも聞き逃せません。
そして、最後のサビの後にあるCメロで、ボーカルとバイオリンがユニゾンしています。こちらも、バイオリンのソロパートに匹敵するくらい素晴らしい部分です。

アルバムはここから終盤に入っていきますが、大まかな全体の流れとして、ダーク寄りの前半から徐々に明るくなっていくような構成になっています。

この、俯瞰したときの様子についても忘れずに着目しておくべきです。

間違いなく、2012年版の「three albums of the year」有力候補です。

2012年5月25日金曜日

マス向けの趣味

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しばらく前に、『僕は君たちに武器を配りたい』を読了しました。

僕は君たちに武器を配りたい』(瀧本哲史) 
私が、本書を素晴らしいと思っていることは間違いありません。
それを踏まえた上で、本エントリで少し書いておきたいことがあります。
決して硬い内容ではありません。

ちなみに、前回のエントリでも似たような本を取り上げましたが、読んだ時期もまるで異なりますし、基本的には無関係です。

今回はそんな話です。


ユニクロ


多くの一般消費者に名前を知られる企業の一つとして、ユニクロがあります。
いわゆる、成功した企業と呼ばれる集合に含まれるものでしょう。

本書にも、ユニクロの成功について言及している部分があります。

引用いたします。
ユニクロの最大の発見は、ファッションのマーケティングを変えたところにある。それまでのファッションビジネスでは、基本的な顧客の分類として、「男性と女性」「ハイエンド(オシャレ層に向けた高額商品)とローエンド(ダサいが安い商品)」の4分類を基本としていたが、ハイエンドとローエンドの間には「ストリート系」「モード系」「ゴシック系」「カジュアル系」「フォーマル系」……などなど、無数のセグメントが存在し、そのそれぞれにメーカーがひしめき合っていた。
まずは、ファッション業界の一般論についての文章です。
現代における「服を売る」世界は、小さなカテゴリ分けから成り立っているとのことです。

あまりファッションといったものに興味のわかない人にとって服を買う作業が困難であるのには、こういった要素が関係しているのかもしれません。
そのような人たちは、「無数のセグメント」の様子を把握していないためです。

他方、ユニクロについてです。
しかしユニクロは、ファッションを「マス向けと、それ以外」の2種類しかないと考え、自らはあくまで「マス向け」に商品を作ることを徹底したのである。
非常にわかりやすい考え方です。
これなら、ファッションがわからなくても服を買いに行くことができます。

もちろん、ユニクロが優れていたのはこれだけではありませんし、また本書でももう一つ、それについて述べられています。
ですが本エントリでは、そこまで手を広げないことにしておきます。


話を整理する


さて、本エントリではここまでで、ユニクロのすごさを『僕は君たちに武器を配りたい』の力を借りて紹介しました。

ここからも、ユニクロのすごさについてです。

ちなみに、本ブログの右上には、シンセサイザーなど、私が興味のあることが掲げてあります。
それから、そこには書かれていないものの、ペンやマスキングテープなどの文房具も好きです。


ユニクロがすごい


先日、ユニクロに行く機会がありました。

室内用のスリッパが欲しいと思って店内を探し回っていたところ、視界の端に見覚えのある文字列と図柄が写りました。

「ROLAND SH-01 GAIA」です。

ROLAND SH-01 GAIA といえば、
  • あの「SH」の名を冠していて
  • SH-201より格好良くて(主観)
  • 3つのTONEを自在に組み合わせられて
  • 「BIT CRASH」や「PANNING DELAY」などの強力なエフェクトが使える
あれのことのはずです。

なぜユニクロでこの文字列に遭遇するのか、と思った頃には、もう購入を決めていました。

こちらのことです。


ROLAND SH-01 GAIA のTシャツが売っていた、という話です。
ここでGAIAを持ってくるのが、なかなかに絶妙な選択だと感じます。さすが「マス向け」のユニクロです。

GAIAなら、間違いなく皆が欲しくなるからです。

参考までに、公式サイトをご紹介しておきます。

GAIA SH-01 :: 製品 :: ローランド

このTシャツを手にとってレジへ向かおうとしたところ、見覚えのある文字列が視界の端に写りました。

…と思いましたが、二度目は面倒なのでさらっとご紹介してしまいます。

こちらはユニクロの公式サイトの方に特集ページがありました。

ユニクロ Tシャツ特集 | mt ~マスキングテープ~ - ユニクロオンラインストア[store.uniqlo.com]

マスキングテープのmtシリーズをモチーフにしたTシャツも発見してしまいました。
こちらも、さすが「マス向け」のユニクロです。

mtシリーズとのコラボレーションなら、誰もが欲しくなる企画です。

しかも、こちらのTシャツを購入したところ、mtのマスキングテープが一つおまけで付いてきました。

これは非常に嬉しいです。おそらくTシャツは着ませんが、マスキングテープなら使います。

おそらくこれも、誰もがことごとくマスキングテープを日常的に使用していることから、こういったプレゼントの企画が生まれたのでしょう。


終わりに


少し誇張しすぎた部分があったかもしれません。

2012年5月24日木曜日

武器としてのポメラ

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先日『武器としての決断思考』を読了しました。

『武器としての決断思考』(瀧本哲史) 
との書き出しであれば、そのエントリの内容はブックレビューめいたものになるのが世の常ですが、実際のところはどうでしょう。

今回はそんな話です。


私の読み方


まず、私が本書を読んだ状況について説明しておきます。

本書は新書サイズで厚さもあまりないため、常にカバンの中に入れておいても苦にならず、ぜひ外に持ち出して読みたくなる姿形をしています。

そこで私は、本書を外出時には必ず持ち歩き、そこでしか読まないことに決めました。
言い換えると、自宅では本書には手を付けずに別の本を読むことにしたのです。

とはいえ、外出時に本を取り出せるタイミングは多くありません。あるいは仮に多くあったとしても、長くはありません。
事実、一度にまとめて確保できる読書時間は平均して7~8分といったところでしょうか。
ページ数にしてみると、一度の読書機会には5ページ程度しか進めることができません。

ここで言及したいのが、以前本ブログで書いた以下のエントリについてです。

23-seconds blog: 読書すること

この中で私は、「何度も戻って同じ部分を読む」「ページを進めることにはこだわらない」といったことを述べており、現在もその考えに変わりはありません。

したがってこれらから自然と、
  • ほんの少しの時間でも、本を広げる
  • n ページだけ読む 
  • n-1 ページ程度戻ってしおりを挟む
(n は十分小さい正の整数)
のような読み方をすることになります。
結果として、一度の読書機会にしおりの位置が1ページしか進まないことが何度もありました。

そのような読み方を続けていたため、私は本書をかなりじっくりと読むことになりました。
すこし進んでは本を閉じて、歩きながらなどの隙間の時間に読んだ内容について思いを馳せることを繰り返していたのです。


本書について


私が本書について感じたことを述べるためには、ここまでに説明してきた「私の状況」に、どうしても触れておく必要がありました。

さて、非常に大雑把に言えば、本書には思考の方法が書かれていると思います。
正確な表現では決してありません。これがいわゆる「捨象」です。

ここで伝えたいのはそれではありません。

本書は、ラストに壮絶などんでん返しがあります。
ですが、それでいて、幸せなどんでん返しです。

本書の始めから一貫してある表現が使われているのですが、それがラストでまさかあのように使われるとは、考えてもいませんでした。

いま、「あの」や「ある」などと書いていることから察せられるとは思いますが、私がここでそのい内容について紹介してしまうことはしません。

その理由が、本エントリの前半に私が述べてきたところにあります。

本書の「どんでん返し」は、字面だけ追ってしまうと特に感動のないものです。おそらくこれは間違いありません。
ですが、私は本書を割と妙な手順で読み進めたために、序盤から中盤にかけての内容が、体に近い部分に来ていたといいますか、深く理解できていたといいますか、そんな感じになっていました。

そうだったからこそ、私は本書の幸せな「どんでん返し」に感動できた、更に言うならそれを「どんでん返し」だと捉えることになった、と言えるのだと認識しています。

話を整理します。
  • 本書には、幸せな「どんでん返し」がある
  • しかしそれは、序盤から中盤にかけてじっくり読んでいないと、それと気づかないものである
このような話でした。

もし興味がある方は、本書をこのように読んでいただくと、幸せなどんでん返しを感じられるとは思います。思いますが、万人にお勧めできることではありません。

ちなみに、どんでん返しだとか感動だとかには興味がないから現実に役に立つ本が読みたい、という方には、本書は何のわだかまりもなくお勧めできます。


終わりに


本エントリは、文章のほとんどを外出先でポメラを用いて書きました。
ポメラはブログ書きにとって大事な武器になります。

それから、参考となる記事を掲げておきます。

23-seconds blog: チェックリストへの思い

Evernoteを単に情報整理ツールだと思っていると数年後に後悔するかもしれない理由 | Lifehacking.jp

2012年5月21日月曜日

緊急時を考える

Clip to Evernote
こちらの記事を読みました。

緊急時、私の仕事術は砂上の楼閣となる - なんかカラフルな生活

とても素晴らしい記事です。
一つ引用いたします。
常々、ほぼ日手帳やモレスキンを使ってやれタスク管理だやれGTDと言っていますが。 
こうしたことが砂上の楼閣のように思えてしまう瞬間というものがあります。
その「瞬間」というのが、ここでは緊急時を指しているわけです。

今回はそんな話です。


緊急時の仕事術


上記の記事が公開された頃とそう変わりない時期に、これらの記事も目にしました。

Toodledoで構築するオープン・リストとクローズド・リスト
それなりにうまく管理していたつもりでいましたが、仕事の繁忙期の中でそのタスク管理が破綻しかける事態に陥りました。
こちらも冒頭に掲げた記事と同様に、それまで機能していたタスク管理システムに危機が訪れたこと、ならびにそれを解決したことについてが書かれています。

もう一つ、記事を紹介します。

ゆるくないときの仕事術 | 旧jMatsuzaki
それはほとんど正解ですが、最近牙をむいた”非情なる現実”にはさすがに堪えました。 
イベント開催直後の疲労に加え、風邪からくる発熱と咳、そして身内の不幸。まさに”ゆるくないとき”です。 
今日はそんな“ゆるくないとき”に行った仕事術を紹介しましょう。
こちらの記事の場合は、自分の体調などのために普段通りにタスク管理が遂行できない状況についてが述べられています。

細かい部分の差異はあるものの、いずれも「万全のタスク管理システムをもって目の前の仕事に臨めない」ことについての記事です。


新しい局面


こういった記事が短い期間に連続して書かれているとの事実から、一つ、タスク管理の考え方が新しい局面に入ってきていることが仮定できます。

すなわちそれが、上に書いた「自分にとって万全のシステムを駆使できない場合」についても考える必要がある、ということです。

確かにこのところは、「良い」タスク管理の手法はなんとなく固まってきているようにも感じます。
そして、多くの人がその「良い」手法を現実に運用していく中で、「しっかりと手法を構築することすらできない」状況に少しずつ直面し始めているのかもしれません。

当然、そういった状況でも仕事は進まなければならないのです。


一つめのアプローチ


この「緊急時のタスク管理システム」が取ることのできるアプローチについて、二つ考えました。

一つは、冒頭にも掲げた

緊急時、私の仕事術は砂上の楼閣となる - なんかカラフルな生活

から引用させていただくと説明しやすいです。
今まで組み上げてきたシステムが砂上の楼閣のように思えてしまいましたが、それを気づくことが出来たこと、そしてそれを動じない巨城にしていこうと思えたこと。
つまり、「緊急時にも動じないような強いシステムを作っておく」ことです。

この中にはまた、
  • 普段のシステムが、そのまま緊急時にも使える
  • 緊急時にはそれ専用に作成したシステムを使う
との二種類の考え方がありそうですが、そこには深入りしないでおきます。

とにかく、緊急時に使えるタスク管理システムをあらかじめ作っていくアプローチです。


二つめのアプローチ


もう一つのアプローチとして、システムを完全に構築しておくことはせずに、最低限のタスク管理を継続していくことで、徐々に良いものを作っていこうとするものがあり得ます。

タスク管理にかける手間を最低限にしているため、緊急時にもそのままの運用で対応できるものと思います。

一例を説明するために、以下の記事を紹介します。

やることリストと同じぐらい重要な「やっていることリスト」の3つの実践例
「やっていることリスト」とは、今とりかかっている作業を紙に書き出しておき、作業が終わったら取り消し線を引く、それだけのリストです。
ただそれだけなのですが、やってみると思いの外効果があることに気がつくと思います。
この、「やっていることリスト」をしっかりとつけておくことだけから始めてみて、必要になったら徐々にタスク管理システムにいろいろなことを追加していく、といった方法が考えられそうです。

とはいえ、こちらのアプローチを実現していくにはまだまだ考察が必要です。


別の話


ここまでで、緊急時のタスク管理のアプローチとして二つ考えました。
  • 緊急時にも対応できるような、強いシステムを作っておく
  • 最低限のシステムにしておき、緊急時にも無理のない運用をしていく
どちらもあり得る考え方だろうと思っています。

さてここで、これまで述べてきたことを前提として、あるいはここから述べることを余談として、少し別の話があります。
これはちょっとした疑問なので、回答はありません。

二つのアプローチとして掲げた内の一つめの方「強いシステムを用意しておく」とは、すなわち「強い武器を用意して、仕事という強大な敵に立ち向かう」ことを意味しています。

この解釈は間違っていないと思います。

ここで疑問なのが、「仕事とは、それほど嫌で強大なものなのだろうか」という点です。
タスク管理のシステムを万全に組み上げて、「いざ」とばかりに仕事に臨んでいる状況を見ると、どうしてもそのように感じてしまいます。

ですが、おそらく「仕事を楽しくする」との考え方もきちんと存在していて、タスク管理といったものも、きっと目指しているところはそのあたりのはずなのです。

ちょっとした疑問でした。


終わりに


「したがって、どうする」といった話はありません。

そんな場合も、世界にはたくさんあるはずです。

2012年5月20日日曜日

「ライフハックLiveshow」概観

Clip to Evernote
もう先週の日曜日(2012.5.13)のことになりますが、Google+ の "Hangouts on Air" を利用して +Masatake Hori さんが「ライフハックLiveshow」なる企画を開始されています。

Google+ ハングアウトオンエアで「ライフハックLiveshow」を公開収録します! | Lifehacking.jp

その、先週にあった第一回の公開収録は私も(途中少しだけPC前から離れる必要があったものの、そこはYouTubeで補完して、)視聴させていただきました。

今回はそんな話です。


Hangouts on Air


まずは Hangouts on Air について触れておきます。

上記の記事から引用いたします。
ハングアウトは、Google+のタイムラインで動画・音声をつかったチャットルームを開くことができるサービスで、Googleの社員がときどき開いているのをみかけますし、先日はオバマ大統領がこの仕組みで聴衆と話していたというニュースが耳に新しいです。 
しかし「ハングアウトオンエア」はこれをさらに一歩進めて、Google+上で生番組を公開収録することができる機能になっています。
概略としては、ここで述べられている通り「Google+ 上で」「生番組を公開収録」との理解で十分のはずです。

同記事中でも紹介されていますが、詳しくは以下の記事を読んでいただくのが良いと思います。

Google+のハングアウトオンエアが一般開放されたので、さっそく使ってみました 見て歩く者 by 鷹野凌

Hangouts on Air と似たような状況は、Ustream などで目にすることがあります。それらと比較すると、Hangouts on Air では、収録後にYouTube の機能を利用して動画の編集が行えるのもさることながら、「生番組の公開収録」がSNSにくっついていることがすごいと感じています。

特に説明はしませんが、YouTubeの機能を利用できることがすごいのは間違いないはずです。

「生番組の公開収録」とSNSがくっついていることで得られるメリットは、私などがここで想像して書き連ねていくような類のものではなく、使う人たちがそれぞれ見出していくのだと思っています。
確かに、ぱっと思いつくメリットはいくつかあるにはあるのですが、そのような現状の想像を超えるような発信が生まれてくるのがきっと面白いと期待しています。


公開収録の内容


次は内容についてです。

「ライフハックLiveshow」と銘打たれてはいるものの、公開収録ですので、ライフハックの入門のような話が展開されるものと予想していました。

しかし始まってみると、いきなりの「ライフハックとは何か」の話や「情報カードとEvernote」についてなど、とても深い内容で展開されており、私としては嬉しい驚きでした。

YouTubeから収録内容が試聴できますので、そういった話に興味がある方には強くお勧めします。

ライフハックLiveshow #01 「3...2...1...キュー!(べい)」 - YouTube


Google+ のこと


私は、普段から(ハードに、とは決して言えませんが)Google+ を利用しています。私が何かを発信しているのはこの「23-seconds blog」とGoogle+ だけですので、この二つにはそれなりに強い愛着があります。
そんなGoogle+ で +Masatake Hori さんが新しい企画を始めてくださったことについて、私はとても嬉しく思っていると同時に、Google+ ユーザでよかったと感じています。

それに関連して、このような記事を読みました。

ライフハック Liveshow とGoogle+ハングアウトオンエア | 極上の人生

件の「ライフハックLiveshow」を視聴したことについての記事です。
一つ引用いたします。
視聴して感じたのが「あ、Google+はこれが面白くなるかも…」ということ。 
正直に白状すると、私Google+をほとんど使っておりません。
「ライフハックLiveshow」の企画が、このように現状Google+ を使用していない方を引きよせるための一つのきっかけになるかもしれないと期待しています。
多くの方に、ここから「Google+ は楽しい!」と思っていただけるのなら、それは嬉しいことです。もちろん、私に何か直接メリットがあるわけではありませんが、単純に嬉しいのです。


Google+ のこと


私がGoogle+ でサークル追加させていただいてポストを追っている方々には、「Google+ が大好きだから」使っている方が多いように感じます。

私がGoogle+ に惹かれたのは、おそらくこの部分なのだと思います。

機能について、「ここがこうだからGoogle+ は優れている(あるいは劣っている)」といった話はたくさんあって、個人的にもそのようなことは気にすべき重要なことだと考えてはいます。
ですが、そういった論理とかどうとかの前に、「Google+ の先輩たちが、Google+ を好きで使っていると感じた」ことが、私にとっては魅力的なのです。

これについては、特別に「だからみんなGoogle+ を使うべき!」と思っているわけではなく、「Google+ ユーザはみんなGoogle+ が大好きです」と伝えたいだけだったりします。


第二回


本日(2012.5.20)、「ライフハックLiveshow #02」の公開収録が行われるようです。

[Live] ライフハックLiveShow #02 ゲストは酒井一太さんをお迎えして本日収録! | Lifehacking.jp

今回も楽しみにしています。


終わりに


それでは、「Happy Lifehacking!」

2012年5月19日土曜日

4+1の重さ

Clip to Evernote
以前、本ブログの「ペンとライフハック」とのエントリで、私がジェットストリーム(黒)の0.5を使用していることを書きました。

今回はそれを踏まえた上でのお話です。


新しいジェットストリーム


先日、普段使いのモレスキンがなくなりかけてきたため、補充しようと東急ハンズへ行きました。
いつも通りモレスキンを手に取り、レジへ向かおうとしたところ、その途中にジェットストリーム売り場がありました。
私はジェットストリームが売られているのを見ると足を止める習性がありますので、立ち止まってラインナップを確認しました。
通常ならそのままそこを離れるのですが、その時はなぜか「このタイミングで新しいジェットストリームを買う必要があるな」と感じたのです。

そういった経緯で、ジェットストリーム 4+1 の0.7を購入しました。


二種類のジェットストリーム


したがって、現状では二種類のジェットストリームを使用していることになります。

単色(黒)の0.5mmと4+1の0.7mmですので、手にしたときにとても細く感じるものと太く感じるものとの、両極端です。
これは比較する価値があるでしょう。


書き味


単色の0.5mmの方はがりがりと勢いよく書くのに対して、4+1の0.7mmはとても滑らかに書くようなイメージになります。
ここは、0.5mmか0.7mmかの違いが影響している部分になるでしょう。

それに伴って、4+1の0.7mmでは多少インクが溜まってしまう箇所が出てきますので、急いでページをめくったり、何かが触れたりすると、インク移りが起きてしまうかもしれません。


力の入れ方


今度の「力の入れ方」は、単色か4+1かが依存してくる部分です。

単色の方は、この部分に関しては普通のボールペンを想像していただければ良いです。

対して4+1はペンの自重がかなりあるため、それほど力を入れなくても書くことができます。

別の話になりますが、自重もあって太いペンですので、普段持ち運ぶときのことも少し気にする必要があるかもしれません。ペンケースなどの空きスペースに余裕がない方は、新たに購入した場合には何かしらの工夫が必要になります。


ペン先の出し方


こちらも単色か4+1かに影響される点です。

単色の方は、ペンの一番端をノックすることでペン先の出し入れができます。
ノックする部分がペンの一番端に付いていると、とっさにメモを取りたいと思ったときなど、何も考えずにペン先を出して書き始めることができます。指でノックしても良いし、机やノートなどに打ち付けても構わないわけです。


その点4+1は、ペンの側面に、それぞれの色に対応してペン先を出し入れする部分があります。
この場合はどうしても、一度考えてからでないとペン先を出して書き始めることができません。

これはもちろん、とても急いでいるときにのみ差が出てくることではあります。


ペンとライフハック


本エントリの冒頭にも掲げてありますが、本ブログでは以前に以下のようなエントリを書きました。

23-seconds blog: ペンとライフハック

詳しくはリンク先を確認していただけたらと思いますが、大雑把には、「ペンをたくさん用意しておくことで、それらを自然に使い分けられ、その結果情報が整理されている」といったことを言っています。

今回4+1を導入することで、一本のペンの中で同様の効果、すなわち「自然に様々な色を使い分けられる」ことが起きるのではないかと期待していました。

ところが実際に運用してみたところ、「どの色で書こうか」はどうしても書く前に一度考えてしまいますし、さらには、「その色で書いたときの状況」は、「そのペンで書いたときの状況」と比べて記憶に残りにくいようです。

これらのことから、4+1を用いることでは上記の記事のようなメリットは得られないことがわかりました。


総評


全体的に見て、単色の0.5mmの方は大急ぎでがしがしとメモを取りたいときには価値が高く、4+1の0.7mmでは逆に落ち着いてさらさらと手書きしたいときに向いていることが言えます。

また、4+1について、今のところは積極的に記述内容を色分けしていこうとは考えていません。
上にも書いた通り、まずはペン自体の太さと重さから来るメリットについて詳しく見ていくつもりです。


終わりに


エネループも、売られているのを見ると足を止める習性があります。

2012年5月15日火曜日

私とWIRE

Clip to Evernote
本ブログでは私の現実に起こっていること、いわゆる「どこへ行った」や「何を食べた」についてはあまり取り上げたことはありません。別にそこに深い理由があるわけではなく、何となくエントリにはしていないだけです。
とはいえ、私はこのブログに書くこととして何か定めたり、制限したりはしていませんので、その気になるのならいくらでも書きたいとは思っています。

さて、私の好きなものとして本ブログの右上に掲げてある項目の中では、そういった実際の行動を伴うものが多少はあります。

つまり、本エントリは珍しいということです。


過ぎてた


盛大に前置きしておいて何ですが、チェックを怠っていたため、前売りチケットの販売期間が終了してしまっていました。
こちらのことです。

WIRE12(ワイアートゥエルブ)|2012.08.25(SAT) YOKOHAMA ARENA

仕方ありませんので、通常チケットの発売を待つことにします。


世界に誇れる


日本には、世界に誇れるものや人がたくさんあります。
(私は割とたくさんあると信じている方です。)

そのことについてここで詳しく語ったりはしませんが、間違いなくその筆頭は初音ミクでしょう。

そして、今回ご紹介したいWIREも、自信を持って世界に誇れるイベントです。
どんなに冷静に考えても、日本でこれだけの歴史と規模を持ったイベントが行われるのは、素晴らしいとしか表現できません。


WIRE基礎知識


WIREについては、Wikipediaに説明があります。

WIRE - Wikipedia
WIRE(ワイアー)は、日本の代表的なテクノミュージックのレイヴイベントである。
WIREはテクノのイベントです。
ここ数年では、毎年8月最後の土曜日の18:00に始まって日曜日の朝9:00くらいに終了しています。ですので、私を含めた日本のテクノ好きの皆さんは、毎年8月終わりの土日は始めからスケジュールが埋まっているのです。
毎年4月30日にドイツで行われるレイヴイベント、「MAYDAY」を参考にし、1999年(平成11年)に電気グルーヴの石野卓球主催で始まった。屋内のレイヴとしては日本最大規模のもので、国内外の著名なアーティストやDJをゲストに迎え、今までに最高で2万人以上の動員を記録している。
私たちにとって石野卓球の名は特別です。
これをうまく説明する言葉はなかなか見つかりません。わかりやすいたとえを持ってくるなら、広島カープファンにとっての前田智徳でしょうか。

石野卓球がいなかったら、今の日本のテクノはなかったはずなのです。


WIREいろいろ


ここまでで、WIREの概略の部分は説明できたかと思います。
大雑把に言えば、
  • テクノのイベント
  • すごい
  • 毎年やってる
といったことです。
(とはいえ、私もWIREでかかる曲はほとんどが知らないものですので、あまり偉そうなことは言えません。)

そこで、ここからはWIREのちょっとした話を拾い集めてみようと思います。


WIRE 12


WIREは、毎年の開催に合わせて後ろに数字が付き、その数字を含めたロゴが作られます。
この、毎年変わるロゴも楽しみの一つです。

WIRE 12 については、まだ日程などの基本情報と、電気グルーヴが出演することのみが決定している段階のようです。

今後、出演アーティストとタイムスケジュールが発表されるはずです。
このタイムスケジュールを基に、自分はどのタイミングでどのステージを見に行こうか考えます。
だいたい実際にはその通りに回れないのですが、これを考えることも楽しみなわけです。


B級グルメ


WIREの会場内では、ご当地B級グルメの屋台がたくさん出ています。
私はあまり興味がなくてしっかり回ったことがありませんが、おそらくこれを楽しみにWIREに来る方もいるかもしれない、と想像できるくらいにはいろいろあります。

合わせて、お酒の種類もたくさんあります。
やはり私はあまり興味がありませんが、聞いたことのない名前のお酒がたくさんありました。


持ち物


手荷物はクロークに預けられますが、自由に取り出したりはできません。

そして、上記のように会場内でお金を使うことがたくさんあるため、財布と携帯電話くらいは持っておきたいところです。
このとき、それらがポケットに入らなかったりすると、音楽を聞いてとび跳ねたりするわけですから、不便です。

これはどんなイベントやライブでも同様の話ではあると思いますが、注意しておきたいところです。


WIRE コンピレーションアルバム


毎年WIREの開催に先駆けて、出演アーティストが一曲(たぶん)ずつ提供したコンピレーションアルバムが発売されます。

これが、楽曲を寄せ集めただけのアルバムかと思いきや、その他の一般のアルバムを上回るくらいの良盤に仕上がっています。

WIREに参戦する予定がない方にも、一つのテクノの良いアルバムとして、あるいは最先端のテクノを知るための方法として、非常に素晴らしいものです。
他方でテクノに触れたことのない方にとっても、一目で「テクノとはこういうものだ」がわかるような一枚となっています。

ぜひ、多くの人に聞いてもらいたいものです。
今年の発売も楽しみです。


終わりに


すでにWIREをご存じの方は、ここまでに登場していない重要な言葉があることに気づいていらっしゃると思います。ここで使うつもりだったのです。

See You Next Year!

2012年5月13日日曜日

確率の話

Clip to Evernote
今回は「確率の話」と銘打った上で、本当に確率の話をします。
二つほど有名だと思っていたことがあるのですが、最近ふとそれを目にしましたので、エントリにしてみようと思ったのです。


紙コップとビー玉


ひっくり返した紙コップが3つ並んで置かれています。その他には、ビー玉が1つと人が2人です。人はAさんとBさんがいることにします。

前提を示したところで、手順をざっと書き出してみます。
  1. Bさんは目を閉じる
  2. Aさんは任意の1つの紙コップの下にビー玉を隠す
  3. Bさんは目を開ける
  4. Bさんはビー玉が隠れていると思う紙コップを1つ指定する
  5. Aさんは、Bさんが選んでいない2つの紙コップの内、ビー玉が隠れていない任意の1つの紙コップをオープンする
  6. Aさんは、「この紙コップにはビー玉は入っていませんね?」と得意げに言う
  7. 現在、2つの紙コップがひっくり返されている
  8. Aさんは、「もし、始めに選択していない方の紙コップにビー玉が入っていると思うなら、今ならそちらに選択を変更しても構いませんよ?」と得意げに言う
  9. Bさんは悩む。「さて、始めに選んだ方か、選択を変更するかで、当たる確率が大きいのはどちらだろう?」
こんなところです。

普通に紙コップを指定してビー玉入りのものを当てるだけなら、その確率は 1/3 です。

今回そこから変なことが起きているのは、手順5でハズレの紙コップが1つ判明している点と、手順8で選択を変更できる点です。
しかし、ハズレの紙コップを知るのは始めに1つ指定した後ですので、関係ないような気もします。
(ここは重要です。後述します。)


解答編


ここでの解答は、二つのステップを踏むのが良いです。
なぜなら、そうした方が数学が楽しくなるからです。

[一つめのステップ]
「Bさんは、選択を変更した方がうれしいのか。」

このステップでは話の厳密さは問わず、なるほど、と思えることに重きを置きます。

さて、「選択を変えるべきか」は状況を大げさにすると想像することができます。

もし、同じ状況で紙コップが100個あって、Aさんがハズレの紙コップを98個オープンしたとします。やはり残りは2つです。
いま、
  • 自分が、100個の中から適当に選んだ1個
  • 答えを知っているAさんが、99個の内98個をオープンして残った1個
を見たとき、どちらがアタリのような気がするでしょう。

ぜひここは、「数学の問題として」この話を既知の方にも想像していただきたい部分です。このステップに限っては、数学は関係ありません。

――想像できたでしょうか。
続けます。

この「アタリな気がする」というのがとても重要です。

もちろん、選択を変更しようがしまいが、アタリを指定できる可能性はあります。裏を返せば、どんなに可能性の高い方を選択しても、はずれることはあります。

ですが、そういった細かいことは無視して「あたってそうな気がする」と感じられるのはどちらだろう、と想像するのです。

今回の場合は、解答としては「変更した方がうれしい」です。

想像があたっていてもはずれていても、この解答を踏まえた上で「自分はなぜこの想像をしたのか」を考えると、より良いと思います。

[二つめのステップ]
「では、それぞれのあたる確率はいくつか。」

こちらは数学の話になってきますので、[一つめのステップ]で十分納得できた場合はあまり気にしなくて構いません。細かいことが気になる方だけお読みいただければ良いと思います。
(とはいえ、私もここでの説明がうまくできる自身はありませんし、間違っているかもしれません。)

さて、状況は、
  1. 自分が始めに選択した紙コップがアタリ
  2. それ以外の紙コップがアタリ
のどちらかしかありません。
途中の、ハズレの紙コップをオープンしたりといった様々な変なことに影響されない、確かな状況は、これだけです。

そして、「それ以外の紙コップがアタリ」というのがそのまま、「選択の変更先の紙コップがアタリ」と等価になります。
今「それ以外の紙コップ」として残っているのが1つしかなく、「それ以外」イコール「選択の変更先」となるためです。

上記の状況1、自分が始めに選択した紙コップがあたる確率は、何も変わったことが起きていないため、 1/3 です。途中いろいろありましたが、3つの内の1つがあたる確率を調べるだけです。

一方の状況2は、状況1ではない方の確率ですので、 2/3 になります。
上述したとおり、これが「選択を変更した場合の、あたる確率」になります。


考えること


この設問を見たときに、解き方がわからなかったとします。
そこで言及しておきたいのが、問題編の最後に書いた
ハズレの紙コップを知るのは始めに1つ指定した後ですので、関係ないような気もします。
です。

つまり、この設問が問題にしているのは、「一見、選択を変更するか否かは関係ないように思えるけど、本当にそうかな?」ということです。

問題が解けないときにはぜひこのような、
  • この設問は何を問題にしているのか
  • 自分は何の質問に答えればいいのか
を気にしていただくと、話が進みやすいと考えています。
(ここで言う「質問」は、上記の「本当にそうかな?」です。)

これも一つのチェックリストになるかもしれません。それについては、本ブログの「方べきの定理」とのエントリを参照していただければと思います。

ともかく、考えることがはっきりしていなかったり、多かったりすると、良くないように感じるのです。


終わりに


本エントリの冒頭に「二つほど」と書いたのですが、想像を超えて一つめが長くなってしまいました。
二つめはまた別の機会にします。

それから、「状況を大げさにしてみる」のも、チェックリストとしてわりと有用です。

2012年5月12日土曜日

私とスタンディングデスク

Clip to Evernote
私を含め、ライフハックな人々にはすっかりおなじみの言葉として、スタンディングデスクというものがあります。

スタンディングデスクとは、主にPCでの長時間の作業を椅子に座らずに行うための、ある程度高さのある机のことです。

おなじみすぎて最近はあまり聞かなくなってきたようにも思いますが、今回はそんな話をします。


スタンディングデスクのメリット


スタンディングデスクの言葉をよく聞いたのは1~2年前あたりだったと思います。初めて聞いたのはもう少し前のことだったでしょうか。

まずは、そもそもどうして椅子に座らずに作業をしたいのかについての説明を引いておきます。
やはりこういった話題は「ライフハッカー[日本版]」を参照するのが良いです。

立って仕事ができるスタンディングデスクをDIY : ライフハッカー[日本版]
「立ち仕事」も大変ですが「座り仕事」もなかなか大変。 
そもそも人間の体は、1日12時間もデスクで快適に座っているようにはできていないらしく、実際、立っているよりも座っているほうが、腰に負担がかかるそうです。そこで発想の転換。長い時間デスクに向かう人は、立って仕事ができるように、スタンディングデスクを活用してはいかがでしょう?
2009年の記事です。

おそらく、長時間座ったままでいるのは大変であるとの感覚は、多くの方が共感できる部分だと思います。
私も、日中はどうしても座り続けなければいけませんので、自宅の環境にはスタンディングデスクを採用してみたいとずっと思っていました。

もう少しメリットを探してみます。

1年間立って働いた編集者による「スタンディングデスク」の感想 : ライフハッカー[日本版]
背中や腰にとてもいいですし、姿勢も良くなります。
これも納得できる話です。立ったままなら、それほど姿勢が崩れることはなさそうです。
同じリンク先から引用します。
立って仕事をし始めてから、最初の数週間で体重が約1~2kg落ちました。
こちらも、スタンディングデスクを語る際にはよく登場する話です。
つまり、スタンディングデスクを利用すると消費カロリーが大きくなるとのことなのです。
とかく運動する機会に恵まれにくい生活を(少なくとも私は)送っていますので、カロリーが消費できるのは悪くない話です。


デメリット


デメリットももちろんあるようです。
やはりすぐ上に掲げたリンク先からです。
1日中立っていることに慣れた後は、長時間座っていることが快適ではなくなりました。大陸を横断するような長時間のフライトや長い映画を観ている間でも、背中や腰が固くなって痛くなってきます。
確かに、そうでしょう。
立っていることに慣れれば、座っていることには慣れなくなるわけです。

もう少しあります。

つまり、座りっぱなしはもとより、一日中立ちっぱなしもカラダによくない、というわけです。
詳細はリンク先を参照していただければと思いますが、とにかく、あまりに立ったままでいるのも良くないのです。
この点については、私は一日中立ったままでいるわけではありませんので、それほど心配してはいません。

そしてもう一文です。
また、ただつっ立っているだけでは不十分。筋肉に血液を循環させるには、動くことが重要です。激しい運動でなくとも、歩きまわる程度でOKだそうですよ。
何かしら体を動かすのが良いということです。これは意識しておきます。


手に入れたい


実に興味を引かれるスタンディングデスクですが、なかなか販売しているのを見たことがありません。Amazonで検索しても、Web検索をしても、商品情報が見当たらないのです。
ニトリの店舗にも複数足を運んでみたものの、遭遇することはありませんでした。

「ライフハッカー[日本版]」 でも、主に取り上げられているのはDIYについてです。


見つからないものは仕方ありません。
しかし何とか大がかりなDIYをすることなく(といっても、上記リンク先では必ずしも大がかりなDIYをしているわけではありません)、スタンディングデスクと銘打たれていなくても、それらしい机を手に入れたいものです。


見つけた


そこで目を付けたのがこちらです。


私の環境は小さなラップトップ一台ですので、これくらい小さなテーブルでも問題ありません。さっそく購入してみました。

こんな感じになりました。



高さが90cmということで私にはやや低いようにも感じますが、気になるほどではありませんし、そもそもこれ以上の高さのあるものは見つけられませんでした。
今後必要とあればPCの下に雑誌を置くなどして、あるいは逆に机が高いと感じられるのであれば、自分がちょっとした台のようなものに乗ることで、十分対応できると思います。
このあたりはDIY精神です。

ちなみに、始めラップトップをタイピングしたらテーブルが揺れて焦りましたが、私はテーブルの板の右側を壁に着けることで問題なく安定させられました。
一方、テーブルの板の上辺に関しては、テーブルの足が広がる幅が板の縦の長さよりも広くなるため、壁に着けることはできません。
スタンディングデスクとして購入を検討される方は、あらかじめ、テーブルの板の左右どちらかが壁に着けられるような部屋のスペースを確保しておくことをお勧めします。


使用感


今のところは快適に使用できています。

本当の使用感はしばらく使ってみないとわからないと思いますので、何か感じることが出てきたら、またエントリにしてみます。


終わりに


ちなみに、上の写真でラップトップの右下に見えるのは(言うまでもなく)ロディアです。

右上に見えるのは、Le Dartというメーカによるデスクライト、「LH-1」です。


こちらも、なかなかにおしゃれでお勧めのアイテムです。

永遠のテーマ

Clip to Evernote
「永遠のテーマ」という表現があります。
おそらく多くの方は耳にしたことがあるでしょうし、その意味するところもまず取り違えることなくつかんでいるものと思います。

今回はそのあたりについて少し考えてみます。


問題のようなもの


本当は、永遠のテーマとは何のことかを厳密に定義してから話を進めるのが良いのかもしれませんが、私があまり好きでないためそういった手続きは飛ばすことにします。

一応、「時間をかけても解決できない問題のようなもの」といった言葉で説明しておきます。
実際に「永遠のテーマ」と表現されるのは良くないことだけとは限りませんので、「問題」かどうかはわかりませんが、とりあえず今回はこういった形にします。


理解する


「永遠のテーマ」を上記のように理解してみると、それが「歴史は繰り返す」との言葉に近づいていくように感じられます。

つまり、問題であると考えている点が、同世代の人にも、また他の世代の人にも共通であるのにもかかわらず、誰がその問題に取り組んでも解決できないような状況を想像していただければよいです。
このことを「永遠のテーマ」と表現しても構わないように感じられますし、「歴史は繰り返す」としてもしっくりきます。

繰り返すものが永遠のテーマということになるかもしれません。


実例


少し実例を見ます。
ここでは大学受験の受験勉強を持ってくることにします。

物事には「初めてのことだから失敗して当然だ」といった考え方をされるものはよくあります。
その一方で、大学受験は一回目からある程度の結果を出すことが求められてしまいます。
(いろいろ複雑な話を省略します。)

一回目から結果を出す必要があるのであれば、自分の経験を基にして行動することができません。多くの場合は、他者からの経験談をたくさん仕入れて、参考にしたりしなかったりしていくことになるでしょう。

参考にするのが自分の経験か他者の話かで最も違いが出てくることの一つは、そこに実感が伴っているかどうかです。

すでに大学受験を終えた他者が、自身の経験からの何かをどうしても次の世代に伝えたいと思っていたとして、さらにそれを一生懸命話す機会にも恵まれたとしても、その「経験に基づく」一生懸命さは聞き手である次の世代の人には伝わらないのです。

つまり、
「自分は数学の勉強法でこういう部分で失敗した。だから皆さんにはここをこのように勉強してほしい。」
とどんなに一生懸命話しても、聞き手には事態の深刻さが伝わりません。

これは、話し手は自分にとっての経験は唯一のものである一方で、聞き手は「話として」この類のことはとてもたくさん聞かされていることも、同種の理由として付記しておきます。

そして、聞き手がその深刻さを本当にわかるのは、同じ問題に直面したときになります。そこで初めて、「ああ、ちゃんと話を聞いておけばよかったな」となるわけです。

この聞き手はこの後、同じ内容を話す側に回ります。
話す際には、実感を込めて「ここをこのように勉強してほしい!」と言いますが、やはりそれを聞いているその次の世代の人たちには、その一生懸命さが伝わりません。

これが永遠のテーマです。


学べること


事態の深刻さはどうしても理解できませんが、この話から何か学べることがあるはずです。

それは「人の話はきちんと聞く」といったことでも、もちろん良いでしょう。
しかし、話の深刻さが実際には伝わっていない以上、この「きちんと」を実践するのはかなり困難です。聞き手がどんなに一生懸命聞いているつもりでも、その話は必ずそれを上回って深刻なのです。

ですが、少なくとも、こういった「永遠のテーマ問題」が発生することは避けられないと認識することはできます。
認識さえしていれば、何かしらできることはあるはずです。


ちなみに


ちなみに、今回は大学受験の例を出したため「深刻さが伝わらない」話になっていますが、他方で「単純さや軽さが伝わらない」話ももちろんあるでしょう。

それからもう一つ、「認識さえしていれば、何かしらできる」のは、聞き手と話し手の双方にとってです。決して聞き手だけが「話をきちんと聞」けば解決するものでもないはずです。


終わりに


この「永遠のテーマ問題」は、直面したことのない方には事態の深刻さが伝わりにくいと思います。
永遠のテーマです。

チェックリストの種類

Clip to Evernote
本ブログにはチェックリストについての記事がいくつかありますが、おそらくEvernoteについてのものよりは少ないかと思います。
しかしその一方で、Evernoteに勝るとも劣らない程度には、チェックリストに価値を感じています。いえ、そもそもEvernoteとチェックリストの価値は全く質の異なるものですから、単純に比べるのは間違っています。

ともあれ、私は日常からチェックリストについて考えることがよくあります。
今回はそんな話です。


チェックリストの使い道


チェックリストと一口に言いますが、どうも最近、その指すものが二種類あるように思えます。このあたりをうまく把握できると、チェックリストの効能がより得られると期待できます。


一つめ


一つめは、手順を思い出すためのチェックリストです。
これについては、『アナタはなぜチェックリストを使わないのか?』(アトゥール ガワンデ, 吉田 竜)に詳しいです。

本書での例として、飛行機のパイロットが緊急時に参照するチェックリストが挙げられています。

おそらく「飛行機のパイロットが緊急時に」の言葉で十分にご想像いただけると思います。
要するに、緊急時には確実に実施しなければいけない手順がある一方で、そういった状況ではどうしてもそれを想起できないため、チェックリストを用意しておくわけです。そして、緊急時にそのチェックリストを取り出して参照していくことで、正しい手順を実施できるのです。

これを日常生活に応用する際には、滅多にやらないことについての手順を記したチェックリストを作成するのが良いです。

ただここで言及しておきたいのは、日常生活において、実施できないと「飛行機操縦レベルで」絶望的に困ったことになる状況がどれほどあるか、ということです。

飛行機操縦の場合なら、ある程度のコストをかけてでもそういったチェックリストを作成しておく価値があります。
しかし普通の生活の場合では、チェックリストを作成する手間の方がメリットより大きくなってしまう可能性は当然あります。手順が思い出せないほど発生する頻度が少ないことであるなら、すなわちそのチェックリストが役立つ場面はほとんどないことになってしまうためです。

私の気持ちとしては、その際でもチェックリストを作ることには価値があると言いたいところですが、あまり論理的ではありません。
(このあたりにライフログの価値が隠れていそうです。)

もちろん日常生活で、いつかの未来に価値が出そうだと感じるような事柄なら、積極的にチェックリストを作成しておくべきです。


二つめ


もう一つは、手順を思い出さないためのチェックリストです。

これはつまり、毎日行う作業を確実に完了するためのチェックリストとなります。

毎日行う作業に対して「えっと、この次は…」と考えていると、とても大変です。
何がどう大変なのかについては各所で語られていることですので、ここでは省略します。とにかく大変なのです。

この種のチェックリストは先ほどとは異なり、役立つ場面が毎日のように訪れるため、作成にかかるコストは無視できるようになります。
したがって、悩んでいる暇があったら作ってしまう、といった心持ちで問題ないでしょう。


二種類のチェックリスト


冒頭にも書きましたが、以上のような差異を把握しておくと、チェックリストをより良く使っていくことができると思います。
自分が今使用していたり、様々な場所で紹介されているチェックリストはどちらに当たるのかを考えてみると、作成や運用の際に気にすることが何となくわかってきます。

例えば、二種類のチェックリストはある観点からだと作成の仕方が全く異なっていると言えるため、ここに「作成の際に気にすること」が表れてきます。

「手順を思い出すためのチェックリスト」では、その手順の実施さえできれば良いため、リストとして記載する項目は最低限のものにとどめる方が、全体の視認性も高まって使いやすくなります。
仮にある手順を記載しないとしても「この手順を行えば、別のある手順は必ず思い出して実施できる」ことが判断できれば、記載しないままで構わないわけです。
ここは、リストが長すぎると実行するのが嫌になる、といった考え方に基づいていることになります。

他方、「手順を思い出さないためのチェックリスト」は、ことごとく全ての手順を記載しておく必要があります。
これは、手順を思い出せるかどうかに関わらず、ただリストに従うだけで、すなわち「次に何をしようか…」と考えなくても作業が完了できることを目指しているためです。
リストを実行する際は、チェックが付いていない一番上の項目を見るだけなので、(論理的には)リストの長さは関係なくなります。


まとめ


というわけで、二種類のチェックリストの話でした。

これらは、割ときっちり分かれるように思います。
これはつまり、「思い出すため」でもあって「思い出さないため」でもあるチェックリストの実例は、それほど見つからないのではないか、という意味です。
ただ、これは今私が何となく考えているだけのことですので、今後もう少し考察していくことにします。


終わりに


冒頭に、チェックリストについてとEvernoteについての記事数のことを書きました。
ここで思いましたが、本ブログで多いのは何についての記事なのでしょうか。
私にはさっぱり見当がつきません。

2012年5月11日金曜日

曲名をめぐる冒険

Clip to Evernote
ヒカリ
.

Days

クローバー
心晴れて 夜も明けて
口笛
恋する天気図
くじら光線
蒼い森
笑顔の連鎖
ひまわりと飛行機雲
Angel恋をした
インモラリスト
ALL MY LOVE
いつか
青薄
スピカ
スコールクロール
Days
バニラソルト
楽園
ラララ愛の歌
恋ごころ
ずっと
ハロー
tomorrow
朝の声
想い
YAHHO!!
PRESENTER
JET!!
(空白)


まとめ


円周率の話です。


終わりに


2があまりなくて、ちょっと苦しくなってます。

2012年5月6日日曜日

整理する象

Clip to Evernote
このところ、本ブログではEvernoteの話題が多くなっているように感じますが、本エントリでも懲りずに取り上げてみます。なぜだか最近、Evernoteについて考えることが増えてきているのです。


Evernoteの整理


一時期、Evernoteの整理が大変で、との話が盛り上がったことがありました。
詳しくは、インボックスとして設定しているノートブックにノートが溜まっていくスピードがインボックスゼロを実行するよりも早く、結果としてただ保存しただけのノートがどんどん多くなっていき、Evernoteがゴミ置き場になってしまっている、といったものです。

するとその後、その問題に対して回答するムーブメントが起きました。
非常に大雑把にまとめさせていただくと、その内容としては、
  • 整理をそれほど考えなくても、Evernoteは問題なく使える
  • インボックスゼロも、苦しかったらまとめてアーカイブに移してしまって良い
  • そもそも、ゴミ置き場にするのがEvernoteである
といったものがあったと思います。


整理しない


上に箇条書きで挙げたことについては、私も同意します。
Evernoteは、整理に悩むことなく使っていくことが可能なツールであると理解して間違いありません。

ここで断っておくと、もちろん整理するのも良いです。
整理することについては、それほどわかりにくいことはないと思います。自分が考えるルールに従って、ノートを移動させていけば良いわけです。ルールの決め方はいくつもあるでしょうし、どれが正解ということはないはずです。

しかし、整理しないことに関しては、先述したように「整理に悩む必要はない」との一言で終わってしまっています。
ある意味、ここで議論が止まってしまっているわけです。

確かに、本当に議論をここで完全に停止して、今後一切「Evernoteの整理」めいたことはしないとしてしまうのも、それはそれで正しいです。まるで問題なくEvernoteを使っていくことが可能です。

ただ同時に、「Evernoteを整理しない」にバリエーションがあっても良いようにも思います。


積極的に


そこで、ただ何もしないことより、少しだけ積極的な「Evernoteを整理しない」の解釈について考えてみました。
もともと、「Evernoteを整理しない」ことは何もしないことを意味していると思いますが、その解釈を多少広げられないかとの試みです。


内容


このように書くとやけに複雑そうに見えますが、内容は全くそんなことはありません。あくまで「Evernoteを整理しない」の範疇だからです。

以前に本ブログの「考える象」のエントリで、「Evernoteに考えさせる」ことを述べました。
その中身は、適当なキーワードやタグ検索などにより保存してあるノートを無作為に表示させ、それをもとにアイデアを作っていく、とのものです。

この方法はすべてのノートに対して適用することを想定していました。思わぬノートが出てくることを期待するのなら、適用範囲は広い方が良いはずです。

しかし今回は、これをインボックスのノートブックに対して行います。
(前提として、インボックスのノートブックには十分な量のノートが保存されているものとします。「整理しない」方法ですので、無理のない前提だと考えます。)

すると、インボックスのノートブックが無作為に表示されることになります。
このとき、何か意味づけが見いだせそうならタグが付けられますし、また何もなさそうならアーカイブのノートブックに移していきます。これは「Evernoteに考えさせ」ている作業になります。

その後作業の終わりに、インボックスのノートの内でタグが付いているもののみを表示します。これは「-tag:*」で検索すれば実現できます。
そして表示されたノートを、まとめてアーカイブに移します。

これを行っていくことで、意識して整理を行わなくてもEvernoteを使ってアイデア出しをしているだけで、インボックス内のノートが減少する、すなわちEvernoteが整理された状態になっていきます。


まとめ


手順をまとめておきます。
  • アイデア出しをしたい
  • 「Evernoteに考えさせる」作業を、インボックスで行う
  • 最後に、「-tag:*」を入力する
  • 表示されたノートをアーカイブに移す
  • アイデア出しができた
  • Evernoteの整理が進んでいる!
整理ではなく、アイデア出しなのです。

それを理解した上でこの手順を進めていくと、「整理しないと……」といった重圧とは無縁に整理された状態へ近づけていくことが可能になります。
先ほどからの表現に沿えば、「Evernoteに整理させている」のです。


終わりに


とはいえ、整理された状態に近づかなくても、Evernoteは問題なく使えます。

2012年5月5日土曜日

くり返し使う

Clip to Evernote
私は、おそらくライフハックの類が好きですので当然ではありますが、eneloopが好きです。

とはいえ、私がeneloopを好きになり使い始めたのは、ライフハックを知るよりも以前のことです。興味を持ったのはちょうど、KORGのKAOSSILATORの初代を発売当初に購入した際のことでした。思えば、KAOSSILATORはどこに行っても売り切れで、手に入れるのに大変苦労したのを覚えています。
そしてeneloopは、そちらの分野でも皆が愛するガジェットでした。

今回は、そんなeneloopについての実にどうでもいい話を考えています。
eneloopが好きな方のみ、読んでいただければと思います。


Googleとeneloop


Googleの提供する様々なサービスのうちで最大のものは、ウェブ検索サービスです。こういうことを言うと必ず「いや……」といった話になりますが、多くの人が知っているという意味では間違いないでしょうし、ここではGoogle社のビジネスモデルの話はしません。
先日、周囲の人がEvernoteもGoogle+ も知らなかったのには驚きましたが、やはりGoogle検索ではそういったことはないのです。

そこから、Webページをキーワード検索することを、「ググる」と表現することになります。
ここで、私などが周囲の人からよく質問されることに、「Yahoo! で検索してもググるって言うの?」というものがあります。きっと、これを読んでくださっている多くの皆さんも経験のあることと思います。

この質問への回答は私にはよくわかりませんが、それよりももっと大きな疑問があります。

私たちは、「充電のできる乾電池」さらには「乾電池」のことは必ず「エネループ」と呼びます。
当然のことながら、私たちにとってはeneloopこそが乾電池なのです。

使用例としては、「あ、新しい目覚まし時計に必要だから、エネループ買ってこないと」といった感じです。
「ググる」と同様、「エネループ」は一般名詞となっています。

すると、やはり同様の疑問が生まれます。
つまり、「eneloop以外の乾電池も、エネループと呼ぶのだろうか?」です。

これは非常に難しい問題です。少なくとも、私が現在持ち合わせている知識では答えられそうにありません。
はたして、eneloop以外の乾電池は「エネループ」で良いのでしょうか。

そしてさらに気になるのですが、私はこの質問を周囲の人からされたことがありません。
「乾電池とエネループの関係」と「キーワード検索とググるの関係」で、状況は同一です。
ましてや、多くの人にとっては乾電池の方がWeb検索よりも身近なはずです。

これはひょっとすると、身近なことほど疑問に思いにくいという人間の性質を表しているのかもしれません。とても興味深いことです。


限定eneloop


ここから別の話になります。

eneloopは基本的に白と黒と水色をしていますが、過去数回、限定版としてカラフルなものが販売されています。

私の手元には三種類あります。


上から「eneloop tones」、「eneloop tones chocolat」、「eneloop tones glitter」です。

eneloopの限定色ですのでやむを得ず購入したものの、これまで一度も使用していませんでした。

ですが、ただ置いておくのも何ですので、これからは使っていくことにします。
そして今回は、その決意が揺らがないように、エントリとして表明しておくことにしたのです。

特に結論などはありません。


終わりに


厳密には、白と黒と水色と文字が銀色、です。

データが正しい

Clip to Evernote
以前、こちらの記事を書きました。

23-seconds blog: マネーログと家計簿

この中で、家計簿を付け始めることを表明していました。
今回はそれについて、ちょっとした話です。


家計簿


ライフログを残すことと比べると、家計簿を付けることは一般に広く知られています。
(もちろん「家計簿を付けること」は「ライフログを残すこと」に大部分が含まれるとは思いますが、そういった細かい話は置いておくことにします。)

「ライフログ」よりも「家計簿」の言葉が古くからあることが、その大きな理由になるのでしょう。

ただ、広く知られている理由かどうかは別として、家計簿を付けることの方がメリットが目に見えてわかりやすいことは、間違いなく言えます。
これは、ライフログに比べれば、そもそも家計簿を付け始めようと思う理由が明確であるため、当然といえば当然です。

すなわち、家計の様子を把握したいと感じたときがそれに当たります。


家計の様子を把握したい


本ブログで以前、「見返すため」とのエントリをあげました。
ここでは、「ライフログは必ずしも見返すために残すものではない」といった趣旨のことを述べており、その考えは現在も同様です。
一方で家計簿は、家計の様子を把握したいわけですので、始めから見返すことが前提です。

すると、ライフログのときとは異なり、見返す際のことについても考えておく必要が出てきます。


見返す


さて、今年のカレンダーがまた一枚めくられて、五月になったと思います。
私のように四月から家計簿を付け始めた方は、現在一ヶ月分のデータが集まっていることになりますので、ここはぜひ見返しておきたいところです。

見返した結果何かしらのことが判明して、今月以降に活かしていくのが良いのです。
ここでの「見返す」は、データから何かを考えることを指しています。多くの場合、それはいろいろな傾向についてとなるはずです。


傾向を考えるときに


この傾向を考えるタイミングで、一つ注意しておく必要のあることがあります。

それは、「正しくデータを集めている限り、データが正しい」という事実です。

前半の「正しくデータが集められている限り」については特に説明することはありません。家計簿ですので、正しく記録できていることが求められますし、そうでない場合には、そうなるように工夫していくべきです。

後半の「データが正しい」とは、「人間の解釈よりも、残っているデータを信用すべきである」といったことを意味しています。
このことが適用できる状況は非常に多くあると思いますが、一つの例をここで考えてみます。



いま、先月分の家計簿を見たときに、予想していたより出費が多かったとします。おや、と思って出費の内訳を見てみると、先月には洗濯機を買い換えていたことに気づきます。
ここでほっと一安心するわけです。「ああ、洗濯機を買ったから、出費が多いのは仕方ないな。先月は特別だったんだ」といったところです。

私が「人間の解釈よりも、データを」と言ったのは、この部分です。

先月には偶然洗濯機を買い換えましたが、おそらく、今月はまた別のものに対して洗濯機と同じくらいの出費があります。それは冷蔵庫を買い換えるのかもしれませんし、車検があるのかもしれません。

つまりもう少し言うと、「一見、突然の出費」は毎月同じくらいあるということです。
「先月は特別」ではないのです。

これを「先月だけは出費が多いのは仕方ない」と考えてしまうと、家計簿の価値が薄れてしまいますし、きちんと記録しているのに毎月毎月生活が苦しいようなことにもなりかねません。
転じて、家計簿なんて無駄だとの認識に到ってしまうかもしれません。

今回は人間に都合の良い解釈の例を持ち出しましたが、その逆も同様に注意すべきです。


時間


同じことは、時間にも言えます。
むしろ、時間に言えることを示すためにわかりやすいお金の例を出したのかもしれません。

「先月は特に忙しいイベントがあったから、やりたいことができなかった。今月は大丈夫」といった話が、これに相当します。
きっと、今月は全く別の同じくらい忙しいイベントがあって、そのままではやはりやりたいことはできないのです。


終わりに


本文中で、カレンダーが一枚めくられて、といったことを書きました。

ただ、私の部屋にカレンダーはありませんし、普段使用しているのは「ほぼ日手帳 Weeks」とiOSアプリ「Week Calendar」で、どちらも週間カレンダーをメインとしているため、「一枚めくられて五月になった」かどうかは想像でしかありません。

2012年5月3日木曜日

手法ではなく

Clip to Evernote
こちらの記事を読みました。

R-style » ひねくれ者のアプローチ

本エントリでは、こちらを元に少し考えてみます。


問いの立て方


内容に入る前に、余談的に触れておきたい部分があります。
引用いたします。
その反復の中で、「どちらが、正解なのだろうか」という疑問が湧いてくるかもしれない。しかし、その疑問は全力で却下したほうが良い。問いの立て方が不健全だ。
過度に限定された状況でない限り、どちらが正解か、といった問いが良いものでないのは間違いないでしょう。
こう言ってしまうと当然のことのようにも見えるため、時にはおろそかにされることもあるかもしれません。こうして、たびたび確認しておく必要のあることです。
加えて、残念なことに「不健全な問いを立てている」ことは自分では気づきにくいものですし、また、自分が立てた問いを他者から不健全だと評されたとしても、なかなか納得のいかない感覚になりそうです。
たった今の私のように、それとはまったく離れた場面にいる内に確認しておくのが良いのでしょう。


内容のこと


それでは本題に移ります。
といっても、上記の記事で述べられている内容そのものについて私が何かを語るつもりはありません。

記事内では、非常に抽象的な形でのアイデア出しの手法が、あるいは、「ひねくれ者」としての物事の考え方のモデルが示されています。
決して、「これがこうなっているときは、ここをこのように考えて…」といった、具体的なものについては述べられていません。

私はこういった考え方が好きです。

行動は具体的にしかなし得ないため、こういった場合では実際の動作や考えるべきことを表す方が、一見わかりやすく効果があるように感じます。
これは逆に、よく考えなくても(書いてある通りにすれば)実践できるとも言えてしまいます。

一方の本記事のような表現は、実際の行動としてどうしたら良いかまでは説明されていません。
「ひねくれ者は、こんな風な考えをする」ということのみです。

したがって本記事のことを実践するためには、ひねくれ者になるか、これに沿った実際の行動を考えるか、どちらかが必要になります。
前者については触れませんが、後者のことがあるおかげでそれぞれの個人にとって価値の高い手法を導くことができます。


いろいろある


こういった抽象的な考え方はとても有用なのですが、一つだけ注意すべきことがあります。
それは、ある一つの抽象的な考え方が唯一の正解とはならないことです。

抽象的にものを捉えた表現ですので、それが覆う世界は広くなります。
そのため、ある一つの具体的な事象に関わる抽象的な表現が複数あるかもしれませんし、ある表現が相反する二つの事象を含んでいるかもしれません。
もちろんそれと同時に、一つの表現では到達していない事象もたくさんあります。

つまり、何か一つ「これは素晴らしい考え方だ!」というものに出会っても、それがすべてではなく、またそれ自体が矛盾や曖昧さを持っていたりするのです。


フレーミング


おそらくですが、そういった考え方はたくさん知っているのが良さそうです。

今回の例で言えば、アイデア出しに役に立ちそうな基本的な考え方をいくつか知っておきます。
そして、実際にアイデア出しを行う際にそれらの考え方をいろいろ取り出してくることで、上で述べたような妙な状況になってしまうことを防ぐことができます。

要するに、「手法」ではなく「考え方」をたくさん知っているわけです。
それにより「アイデア出し」という一つのものを様々な側面から見ることができますので、何となく良い結果をもたらしそうなのです。


終わりに


先述したとおり、冒頭で紹介した記事の内容は、ひねくれ者になることでも実践できます。
これはいたってまじめな意味で、非常に重要な考え方です。

2012年5月1日火曜日

考える象

Clip to Evernote
今日も今日とて、Evernoteに情報を集め続けています。

Evernoteへ情報を保存する作業は、様々な試行錯誤を経て今のところ快適ないくつかの方法に落ち着いており、おそらく今後もそう劇的に変化することはないでしょう。

他方でEvernoteから情報を取り出す作業に対しては、それほど試行錯誤が成されたような記憶はありません。
やはりこれはEvernoteを使い始めるにあたって、まずはたくさんの情報を保存することが必須であり、そのための工夫を行うことの方が切迫した需要としてあるためと考えます。多種多様な情報が格納されていることは、将来にわたってEvernoteを「良く」使うための近道になるのは間違いないのです。

もちろん、Evernoteの使い方は自由ですので、必ずしもたくさんの情報を保存しておかなければならないといったことはありません。単に「普通、良いと言われる使い方」をするためには、それが必要になってくるだけの話です。

とりあえずこの議論は置いておくことにします。

Evernoteを使う際に情報を保存する側ばかりを気にすることになるのは、ある面でEvernoteのメリットを表しています。
すなわち、自分の身の回りにある情報を何とかしてEvernoteに入れられれば、後のことは気にしなくても何だか良さそうな感じになっている、との面です。
これについては、以下の記事で言及されています。

スーパーコンシューマー7人目はブログ「みたいもん!」のいしたにさん!
そう。メモツールなんて山のようにあるんですよ。 それとは何が違うのかと言うと、 日々、適当にやってることを、適当にここに突っ込んどくと、適当にいい感じにしてくれるんですよ。エバーノートがね。 そして、あとから、簡単に情報にアクセスできるんですよ。 自分の日々をログ化するツールなんですよ だから、大事なのは、クラウドでログ化ってことで、 メモとかは下のほうにあって、最末端にiPhoneで使えるとかがあるんですよ。
iPhoneで、あるいはPCやMacのクライアントソフトやブラウザから使えるといったことは、最末端に来るのです。

ちなみに、WikipediaによるとEvernoteの日本語版サービスが開始したのは 2010/3/3 のことのようです。上の記事は 2010/6/14 に公開されているようですので、まだEvernoteが始まったばかりの時分に、引用させていただいたような発言がされていることになります。これはすごいことです。

話を戻します。

このような理由から、Evernoteから情報を取り出すことに関する工夫があまりされないのは、正しいことであると言えます。

いま、これを踏まえた上でEvernoteから情報を取り出すことについてを考えてみます。
このときには、情報を保存する場合のように「ブラウザのWeb Clipperから……」「iPhoneのアプリから……」といった具体的なものではなく、抽象的に捉えるのが良さそうに感じます。
保存する方ほど重要でないからこそ、状況を大まかに把握して、自分がEvernoteを使う際の指標の一つになれば十分です。


二つの状況


Evernoteから情報を取り出す際の状況を、ここでは二種類で考えます。

一つは、ある特定のノートに関する記憶があって、それを取り出したい場合です。
このときは、キーワード検索を使うことが多いでしょう。

自分が触れてきた情報が全てEvernoteに入ってきているなら、「確かどこかで見たような情報」を必ず発見することができます。
ちょうど、読んだ本は全て自宅の本棚に入っている状況に似ています。これなら、「どこかで読んだような文章」は必ず本棚から発見できます。私も大抵の本は自分で購入して読んでいますが、まれに他人から借りてくることもあります。すると、今手元にない本の中で読んだ記憶のある文章が確認できなくなり、とても悲しい想いをします。
Evernoteならそれが避けられることになり、この意味で価値の高いツールです。

この状況は、所望のノートの内容や使い道がある程度決まっているときであると言っていいでしょう。


もう一つ


ただ、上記の状況は「第二の脳」「すべてを記憶する」Evernoteとしては、不完全であるとも言えます。
それは、特定のノートについての手掛かりを人間の脳が記憶してしまっているためです。

さて、もう一方は、ある特定のノートを必要だと思っていないような状況です。
このときは、
  • 適当なキーワードで検索してみる
  • 適当なタグを選択してみる
  • 適当にノートの整列順序を変えてみる(タイトル順など)
といったことをして、表示されたノートの組み合わせや完全に記憶の外にあったノートの発見などから、何か良い物が生まれないかと試してみることになります。
その過程ではタグの作成や削除、階層化などを行うことで、ノートの見え方、集まり方を変えていくようなことも可能でしょう。

いずれにせよ、例えば「アイデアを出したい」などといった何となくの目的はあれど、「このアイデアの参考になるウェブクリップがあったはず」といった明確なものはないのが、ここでの状況になるはずです。

この「人間には今のところ何の考えもない」という意味では、Evernoteが代わりに考えてくれていると言うことができます。まさに「第二の脳」にふさわしい働きです。

もし、私が一つめに挙げた「特定のノートを取り出す」ような使い方しかしていないという方がいらっしゃいましたら、二つめの「Evernoteに考えさせる」こともしてみると、さらにEvernoteが強力なものになると思います。


終わりに


とはいえ、Evernoteの使い方は自由です。