2014年3月21日金曜日

額縁になりそうです

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情報を生み出したり、編集したりといったことは、考えることとよく似ています。新しい知見を目指していく行為です。
情報がどうこう、といった次元に留まらないレベルで重要になります。

書籍『街場の文体論』(内田樹)に、大変に感銘を受けた一節があります。あまりにも感銘を受けましたので、どこかで書いたことがあったかもしれません。

「万人向け」のメッセージとして、「額縁」という概念が示されます。
つまり、「万人向け」のメッセージ、誰もが誤解しないメッセージというのは、メッセージの設定に関わるメッセージなんです。「額縁」と言ってもいい。
メッセージの設定に関わるメッセージは、「額縁」として、誤解のないものになるといいます。

「額縁」のたとえが続きます。
「額縁」は「この中に書かれているのは、絵ですよ、現実のものじゃありませんよ。壁の上にありますけど、壁の一部じゃありませんよ。間違えないでね」というメッセージを伝えます。
「額縁」は、しきられた空間が壁の模様ではなく、絵であることを伝えます。絵が発するメッセージの解釈は、人それぞれあるものです。この内側は絵であるというメッセージは、なるほど誤解がありません。
額縁を見落とした人は「絵」を見ることができません。
続く文章にもありますが、額縁に気づけないと、壁の模様のようなものとして絵を認識してしまいます。絵を見ることができないのです。

いよいよ至る指摘が、次のものです。
つまり、額縁を見落とした人は世界をまるごと見誤る可能性があるということです。だから、額縁と「額縁以外」を正しく見分けるというのは人間にとってきわめて緊急性の高い、生物的な課題なんです。
世界をまるごと見誤る可能性がある、といいます。納得できる話です。
万人向けのメッセージである額縁を、もしも見落とすようなことがあると、大変なことになってしまうわけです。

私は、大変なことに陥りたくありません。ましてや、世界をまるごと見誤りたくありません。この言葉は、出会った折りより、私が日々を生きる上でのキーワードになりました。

対策として、陥りそうなところを探したくなります。どんなときに世界を見誤ったりするのだろう、という問いです。率直な発想でしょう。
するとこれは、「世界」や「まるごと見誤る」といった言葉について、情報を編集する作業になるわけです。

情報を編集することです。
よく、何でもいいからアイデアをたくさん出して、後で削るようにしたほうがいいと言われます。私の経験も裏づけることです。

書籍『KDPではじめる セルフパブリッシング』(倉下忠憲)にも、次のような言及があります。
残念ながら、「消すくらいなら最初から書かなければいい」という効率的なやり方はあまりうまくいきません。
(中略)
広げておいてから、削る。一見すると二度手間なやり方が、案外まっすぐな道だったりするものです。
後から削る方が良いのです。間違いのないことでしょう。基本的な考え方として、持っておくと便利です。

それでうまくいく理由はあまり聞くことがないものの、人間の短期記憶が限られていることと関係しそうです。頭の中だけで情報を足したり減らしたりすることが、人間には難しいためです。

すると、人の短期記憶がもともと限られていたことが、情報の編集の良いやり方を規定したことになります。

「堀江由衣 with UNSCANDAL」の楽曲「スクランブル」には、次のような一節があります。
伝えたい 言葉 もう多すぎて
このまま 歌になりそうです
人の短期記憶が限られていることについて触れられています。伝えたいことが多すぎたために語られる言葉というのは、確かに、存在するように思います。
私たちの目に映る言葉たちの中で、ある部分は、人の短期記憶が限られているために発生したと考えられるのです。

書籍『単純な脳、複雑な「私」』(池谷裕二)にも、興味深いエピソードがあります。
心についてです。
自分の心を考える自分がいる。でも、そんな自分を考える自分がさらにいて、それをまた考える自分がいて……とね。そんなふうに再帰を続ければ、あっという間にワーキングメモリは溢れてしまう。そうなれば、精神的にはアップアップだ。だからこそ「心はよくわからない不思議なもの」という印象がついて回ってしまう。
駆け足でのご紹介となってしまい、恐縮です。

私たちは、自分に心があることを自分で気づきます。心は、とても複雑に見えます。

自分の心を自分の心で考える、という再帰を繰り返すときに、人の短期記憶に限界がきてしまうことが述べられています。そのために、人の心が複雑に見えるのです。

人の短期記憶が限られていることは、心のありかたを生成するわけです。

ここまで、人の短期記憶について、事例をいくつかご紹介してきました。情報の編集、歌や言葉、複雑な心です。
世界と私たちとの関わりに、強く影響を与えているようです。

私の、最近のテーマになっています。
すなわち、人の短期記憶が限られていることは、私たちの世界を強く規定しているのではないか、という仮説です。世界の設定について説明してくれるメッセージかもしれないのです。

額縁と呼べそうなものです。
そうであれば、人の短期記憶を理解せずにいることは、世界をまるごと見誤る可能性をもたらします。

私は、世界をまるごと見誤りたくありません。


終わりに


今回は、このように情報を生み出したり編集したりしました。

2014年3月11日火曜日

優しさのポリシー

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石田よう子さんの楽曲「乙女のポリシー」に、次のような歌詞があります。
なりたいものになるよね
ガンバルひとがいいよね
涙もたまにあるよね
だけど ピッと凛々しく
なりたいものになるのかどうか、私にはよくわかりません。頑張る人が良いと思うものの、頑張らない人も、また良いと思います。

ただ、涙もたまにありながら、ピッと凛々しくありたいと思います。

私は、優しくありながら日々を生きたいと、いつも空想しています。
涙ぐみながらもピッと凛々しくあることは、優しさというもののひとつの形だと感じるのです。

優しくあるためには、具体的でなければなりません。つらいところではあります。
それでも、私の、可憐で優しいポリシーです。