2016年1月16日土曜日

繊細な情報、連帯の抽象

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クリームも、あんこも、チョコレートも、私は好きです。甘いものです。

こうしたものは、食べて、満腹になる度合いで割り算したときのカロリーが、大きい値になります。平たく言えば、高カロリーです。
大変に効率の良い食べ物といえます。高く評価できます。

『数学ガール』シリーズ(結城浩)の登場人物、ミルカさんは、昼食にキットカットを食べています。
私は、キットカットより、アルフォートをお勧めします。私の知る限り、価格で割り算したときのカロリーが最も高くなるチョコレートが、アルフォートだからです。効率の良い食べ物です。

それから、私は、イチゴショートケーキに乗っているイチゴが嫌いです。進んで、効率を悪くしているような気がします。私は、できるだけ無駄がない、効率の良い人生を歩んでいきたいと思っています。ショートケーキのイチゴは、空間的にも、価格的にも、認知的にも、マイナスのインパクトを感じるのです。
毎月二十二日はショートケーキの日ですが、上にイチゴが乗っていますので、私は賛同できません。
似た話題では、カレーに具がたくさん入っているのも、もんじゃ焼きに具がたくさん入っているのも、苦手です。

こちらの記事を読みました。

チーズケーキ、美味しかったよっておすすめしたいけど語彙がなくてつらい。[PR] | やよこぶろぐ

とても良い記事でした。何度も読み返しました。

記事では、読書感想文が苦手だったことが語られています。
でも、読書感想文は苦手で、点数が下がるのを承知で1度だけ出さなかったことがあります。
苦手であることの感覚を、独特の表現で続けられます。大変に秀逸です。
ずっと、それは本に没入するせいだと思っていましたが、今では、少し違う気がしています。うまく言えませんが、文章がぶつかり合うような感じがします。なぜか本当に語彙がなくなってしまうのです。
何となく、その秀逸さを語るのが、難しいように感じました。「うまく言えませんが、文章がぶつかり合うような感じが」、私も、するようです。思い当たる節があります。
不器用な私が、心込めて書きました。

料理といえば、こちらの記事を読みました。

趣味は料理です、携えるノートブックは冒険の書 | Notebookers.jp

大変に素晴らしい記事です。ぜひ、多くの方に読んでいただきたいと思っています。

記事の著者さんは、三冊のノートブックを日常に使われているそうです。三冊目が、雑記帳だと言われます。
引用させていただきます。
そして3冊目は雑記帳。なのですが、これ、元々は英語の勉強のために使っていたノートブックで、自分の頭の中をうまく整理する方法がないかと試行錯誤するうち、絵日記のような絵本のようなものになってきたものです。
なんということでしょう。大きな万感を覚えます。

英語の勉強のためのノートブックが、試行錯誤を経て、絵本になったのです。絵本です。余人のどんな理知をもってしても、決して予期できないことです。

ああ、ここには本当に試行錯誤があったのだ、と感じました。

賢い先見では、試行錯誤の行く末を見通すことはできないものです。どんな人間も、それほど賢くないためでしょう。

これは希望です。
私たちには、試行錯誤の後に、思いも寄らぬ高みにたどり着いて感動する可能性が、常に残されているのです。ボトムアップの感動です。

同じ記事には、もう一つ、どうしても言及したい箇所があります。

趣味は料理です、携えるノートブックは冒険の書 | Notebookers.jp

引用いたします。
家庭料理、がキーワードになるようです。
何年か前、伯母の遺品整理をしている時に、様々なものから切り抜いた料理記事と、それらを貼り付けてスクラップブックにした家庭雑誌が出てきたことがありました。
記事の著者さんの伯母さんは、料理上手だったそうです。
「伯母さん料理上手だったものね。でも(スクラップブックやノートブックじゃなくて)雑誌に貼り付けてるの、昔の人だからね」と皆で笑ったりしたのですが、
料理のレシピを、雑誌に貼り付けていました。
家庭料理のレシピです。作る人がいなくなれば、情報は失われていきます。賢い余人の理知ではたどり着けない類の、豊かさを備えているためです。

避けられないことではあります。悲しいことなのでしょうか。
半世紀前の家庭料理のレシピ、作り手がいなくなって作り方もわからず、二度と味わうことも出来ないだろうと思っていた料理のレシピが綴られたノートブックなんて、形式はどうであれとてもロマンチックなものだなあと思ったのです。
ロマンチックである、と評されます。羨ましい感性です。

ロマンティックさの一つは、完全に失われてしまったと思われていた情報が、人目から隠れて、残存していたことでしょう。
手触りの記録からは、記録を残すためにかけられた時間が偲ばれます。つぎ込まれた、かけがえのないコストへの共感が、胸を打つのかもしれません。

もう一つのロマンティックさは、懸命の記録にも関わらず、余人の理知では到達できない豊かな情報は、やはり、失われてしまうことです。伝達されることはかないません。繊細だからでしょう。
保存する手だてがなく、ただ、失われていくのを眺めるだけです。無常なロマンティックです。

共感といえば、こちらの、素晴らしい記事をご紹介いたします。

再確認、安心感、ゆるやかな共感と連帯:Word Piece >>by Tak.:So-netブログ

他人のアドバイスが直接的には役に立たない、ということについての思索です。
次のように書かれています。
そこには、物ごとのあり方はみんな違うしそこに正解などないという、当たり前すぎることについての再確認がある。
物ごとのあり方とは、具体的なものへの理解のことだと、私は解釈しました。
具体的な領域において、存在するのは人それぞれの差異で、存在しないのは正解です。私たちの共感と連帯は、きっと、そこではない場所にあります。
正解のないことを考え続けている人(たち)がいるという、安心感がある。
日々を続けていく中では、自分の他にも、正解のないことで悩んでいる人がいるとは、なかなか、思い至りません。
抽象の場面で、共感と連帯に出会うことは、思いも寄らないことで、不思議な感動があります。

さて、ここまで、三つのエピソードをご紹介してきました。

一つめは、試行錯誤の末に到達したところについてでした。
二つめは、繊細なために、失われてしまう情報についてでした。
三つめは、抽象の場面で、思わぬ共感に出会うことについてでした。

余人の理知では到達できないところにある感動について、一貫して、書いてきたつもりです。

人間はそれほど賢くなく、おかげで、感動はどこにでもあるようです。
自分なりの感動です。

冒頭でご紹介した記事には、次のようにあります。

チーズケーキ、美味しかったよっておすすめしたいけど語彙がなくてつらい。[PR] | やよこぶろぐ

引用いたします。
昔のわたしのように、クリームもあんこもチョコもダメで、チーズケーキだけは食べられる、小さい子どもさんに、雪の上にネームプレートを載せて、お誕生日ケーキにしたら素敵だと思います。
誰かの試行錯誤の末に、チーズケーキだけは食べられることを発見したのでしょう。
つぎ込まれたかけがえのないコストが、胸を打ちます。

Aice5 の楽曲、「ショートショートケーキ」を思い出します。
不器用な私が 心こめて焼きました
もんじゃ焼きでしょうか。もんじゃ焼きは好きです。具がたくさん入っていないものがよいです。
カレーなら、ゴーゴーカレーが好きです。
思わぬ共感があれば、幸いです。


終わりに


いろいろ書きましたが、やはり、ショートケーキにイチゴは乗せなくてよいように思います。
不必要につぎこんだコストではないでしょうか。