2016年12月31日土曜日

three albums of the year (2016版)

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自分で自分のことを知るのは、難しいものです。自分もまた他人だからでしょう。

私は、自分が、音楽と読書を好きかどうか、定かではありません。
他方で、音楽好きと、読書好きとして、日々を生きることに決めています。

音楽も、読書も、大変に深い世界を湛えています。自分の本当に好きなものを探求するよりも、ずっと、興味深い世界です。

自分の本当に好きなもの、などというものが、私には、あまり興味深く思えないこともあります。

過去を顧みることも、未来を展望することも、自然と、少なくなります。音楽好きである、読書好きである、というのは、繰り返す日々の総称であるためです。
固定の性質を描写するものではないのです。

年末に感慨はありませんが、習慣があります。

2016年にも、たくさんの素晴らしい音楽に出会いました。経験上、一年に一度くらいで、良かった音楽アルバムを三枚ほど選ぶようにすると、ちょうど、よいコレクションができるようです。

二十枚、三十枚と、選ぶこともできます。
その中で、納得いく三枚だけを選ぶことには、知性の存在を感じます。人間が、何かに取って代わられることのない領域です。知性によるコレクションです。

何の話かといいますと、私は毎年、その年でよかった音楽アルバムを、三枚選ぶことにしているのです。

さっそく、始めます。



『Collapse』 / Seiho

2016年の、大きな出会いの一枚です。本当に、私が出会ったことのなかった音楽です。音楽も、私の感覚も、間違いなく変化していることを知らしめてくれました。きっと、よい変化です。

私の感覚はさておき、音楽も、変化しているのです。音楽好きであることを、止められないわけです。

Seihoさんの音楽を、才能と呼ぶのは容易でしょう。私は、思想と呼びたいと思います。



『The Odyssey』 / Aybee

私の好きな音楽です。好きだと思っているのに、近年、出会うことのなかった音楽です。
空間を占める雰囲気と、手の込んでいるところがよいです。

手が込んでいて、音符の順列組み合わせではできていない音楽に、私は惹かれます。



『ULTRA』 / SCHAFT

インダストリアルという表現を、最近、耳にしなくなったような気がします。気のせいでしょうか。

インダストリアルな一枚です。
格好良いハードロックであると、私が、呼びたいものです。

それでいて、ハードロックよりもインダストリアルなところが、格好良いところです。
私が、自分が好きだと知らなかった音楽です。


終わりに


2016年には、いくつか、印象に残る出来事がありました。冨田勲さん、川島道行さん(BOOM BOOM SATELLITES)、森岡賢さん(minus(-)、SOFT BALLET)、のことです。
過去を振り返らずにいては、もう、この方々の音楽を聴くことができないように、思います。

少し考えて、違ったことに気づきました。

この方々が作り上げた音楽があります。作品です。
作品は、私の手元にあります。私が、私の感覚で聴いて、構わないものです。

私の日常のためのものです。過去に閉じ込めることはないのです。作品を完成させて、残すというのは、すごいことです。
言葉にならないほどの、圧倒的な気づきでした。

私は日常が好きです。

こちらは、私が、何度も何度も紹介させていただいている記事です。

日常を支えるという非凡な能力 | Notebookers.jp

この文章をお読みの方も、そうでない方も、それから、私と関わりのあった方も、そうでない方も、皆さま、私の好きな日常を少しずつ支えてくださり、ありがとうございました。

皆さまのおかげで、私の好きな日常があります。

これからも、よろしくお願いいたします。

2016年12月25日日曜日

2016年の<びっくら本> #mybooks2016

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本を紹介するというのは、よいものです。特に、リストになっていて、読んだ人の言葉が添えられていると、よりよいです。

本はたくさんあるからです。

読みたい本を、すべて読むことはできません。買うこともできません。自明なようで、しかし、この事実に、本当に直面したことがあるかどうかは、ひとつのターニング・ポイントといえます。
家にある本、実際に読む本とは別に、読みたい本の管理をするというのは、小さなことではありません。

何の憂いもなく、読みたい本のリストを眺めるのは、気分のよいものです。リストに載る読みたい本は、多ければ多いほどよいでしょう。行動に直結するものでなくてよいためです。

こちらの記事を読みました。

R-style » 【企画】2016年の<びっくら本>を募集します #mybooks2016

本を紹介するというのは、よいものです。本はたくさんあるからです。
私も、十冊の本を選んでみます。



『利己的な遺伝子』(リチャード・ドーキンス)

生物にとって、利己的な遺伝子の支配が強いのだという気づきは、発想の素晴らしさによるものといえます。
一方で、よいものを、単なる発想の素晴らしさに還元したくない気持ちが、私には、いつもあります。

積み重ねた説明も、例示も、きっと大切です。説明や例示が、また、発想に影響を与えます。影響された発想は、また、新しい説明と例示を必要とします。

素晴らしい発想というのは、単なる素晴らしい発想として記述できるものはないはずです。私は信じています。

私が思う、『利己的な遺伝子』のことです。

人間の叡智が、想定よりも大したものではなかったと、明らかになるところには、いつも、感動があります。畏敬というべきでしょうか。



『数学ガール/ガロア理論』(結城 浩)

群、体、それからガロア理論には、新しい数学という雰囲気があり、どきどきします。独特の雰囲気です。
以前の時代にまるで存在しなかったもの、ではありません。似た考え方はありました。《二つの世界が接するときは、いつもうれしい》ものです。

彼の数学を真剣に追いかけていると、涙なしには読めない本です。



『知的トレーニングの技術』(花村 太郎)

たとえば、考えること、学ぶことを続ける人生であろうと、私たちは、志すことがあります。知的生産と呼んでもよいかもしれません。
考えること、学ぶこと、とは、ひとつの方針です。人間は、抽象的に行動することはできません。私はボトムアップを信じるので、はじめから抽象的に考えることもできません。

ボトムアップな私のための本です。
そして、私たちの大切な志のための本です。



『アウトライナー実践入門』(Tak.)

様々な場面で、生きる勇気をもらう、という表現に出会うことがあります。素晴らしいことです。私にも経験があったかもしれません。
勇気がなくても、自然に、平然と生きられるのも、またよいことです。様々な生き方があります。

私は、『アウトライナー実践入門』から、考える勇気をもらいました。生きる勇気に似ているものでしょうか。
考えながら書いても、書きながら考えても、よいのです。他人のために、伝わるように書いてみて、はじめて考えられることがあります。自分もまた他人だからです。

トップダウンとボトムアップの繰り返しで、生まれるものがあります。
まるで、何かのようです。



『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(ウンベルト・エーコ、ジャン=クロード・カリエール)

2016年、私が新たに至った思想のひとつに、コレクションについてがあります。自分が本当に納得のいくものを、ひとまとめにして、集めるということです。

自分だけの基準で集められたコレクションです。
説明のつかないものです。時間をかけたものです。知性ある人類にしか、成しえないことです。

コレクションと知性について、思いを馳せることになった本です。



『物書きがコンピュータに出会うとき』(奥出 直人)

困惑するほどに壮大な世界が、文章を書くことには、内包されています。私が、読者として目にする文章の背後には、試行錯誤がありました。

文章を書くのは、どうして、かように大変なことなのでしょうか。

それでいて、『物書きがコンピュータに出会うとき』は、文章を書くことが大変でよかったと、感じられる本です。文章を簡単に書けてしまう人にはたどり着かないような、楽しさがあります。



『エリック・ホッファー自伝―構想された真実』(エリック・ホッファー)

エリック・ホッファーの言葉は、私に、妙に共鳴するところがあります。
人が、技術を身につけることについてです。言葉にならない深層に、機械では代替できない、大切なことがあります。

他人の仕事を総括するのではなく、自分で手を動かすことを指向する方には、私と同じ共鳴があると、想像します。



『薔薇の名前』(ウンベルト・エーコ)

文学は、世界と、世界の終わりを描くことができます。言葉にならない感慨を描くことができます。
心とか、神秘ではなくて、単に、言葉にならないということです。不思議なもので、文学にしか果たすことのできない機能があります。

妙な文章になりました。当然のことながら、手記です。



『フェルマーの最終定理』(サイモン・シン)

それまで気づかなかったことに、気づくようになる、ということは、ほとんど、生きることのすべてです。発見することの感動は、いつも、非論理的で、綺麗なものです。数学は、気づくことの綺麗さを、シャープに見せてくれる例です。

数学のような世界でも、論理の最果てには、跳躍のドラマがあります。積み重ねた論理も、最果ての跳躍も、どちらも美しいものです。

跳躍のドラマに、人間が、感動するようになっているというのは、不思議なことです。
私は、不思議さを解き明かす、真に驚くべき説明を持っていますが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできません。



『幸福論』(アラン)

私が2016年に到達した、大切な思想が、もう一つありました。
人が考えることは、体調や、姿勢や、環境が、かなりの部分を決定しています。私にとって、素晴らしい気づきでした。人類の叡智は、思ったよりも、大したことはなかったのです。感動します。

人の心に、過剰な神秘を感じることはありません。肥大した意味に、押しつぶされることはありません。私の幸福論です。


終わりに


今年も、多くの素晴らしい本に出会うことができました。
十冊のリストに選ばれなかった本も、たくさんあります。

選ばなかった本の存在が、十冊のリストを、豊かにしているような気がします。豊かになっていれば、嬉しいです。

本はたくさんあるからです。

2016年12月4日日曜日

「かーそる」2016年11月号

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とても好きな言葉があります。シンプルな言葉です。

「青は藍より出でて藍より青し」

青のほうが優れているというのは、大変に素晴らしいことです。ひとえに、青の努力のたまものです。

ただ、優れていることが、何を示しているのか、少し気になるところです。明示されてはいません。藍が劣っていることもないはずです。

藍の青さと、青の青さは、違った種類のものなのでしょう。青が藍より青いことは、巨人の肩に乗ることと、似ているように思います。

違った種類のものであろうとしたところが、青の努力です。
階層を上がろうとすることです。すなわち、考えるということです。

藍の努力は、青に、考えることのバトンを手渡したことでしょう。さもなければ、青は、青くならなかったはずです。

新しい雑誌が創刊されました。「かーそる」です。

「かーそる」2016年11月号 [創刊号] – Project:かーそる

素晴らしい雑誌が完成したと思います。
私は、ひとつだけ、ずっと続く雑誌になることを、願いました。

私たちが手渡されてきた、幾億のバトンから、新しい青を作り上げようとする雑誌です。
藍の努力に敬意を表します。

藍より出でて、藍より青い雑誌を。
そして、手にとっていただいた方々の、次の藍になる雑誌を。

目指して進んでいきたい、というのは、私の勝手な想像でした。

本当のところは、ずっと続く雑誌であってほしいということが、私の唯一の願いです。


終わりに


こちらの文章がオリジナルです。

創刊にあたって – Project:かーそる