2020年12月31日木曜日

six albums of the year (2020版)

2020年は、年始にPCを新調したところから始まりました。古めかしいPCで長らくがんばっていましたが、Windows7が終わるとのことで断念したものです。Windows10になりました。何から何まで快適になり、とても満足しています。大きなトピックです。

PCが新しくなったことに気をよくして、オーディオ・インタフェースも購入しました。2月のことでした。PRESONUS AudioBox iTwo です。購入の時点で、最新よりひとつ前のモデルだったものの、見た目も格好良く、選んでみました。よい買い物でした。

PRESONUS AudioBox iTwo には、Studio One のArtist版がバンドルされています。DAWソフトです。これも今年から使い始めることになりました。思い返すと、DAWには、学生のころからいろいろなメーカのものにトライしては、よく理解できずに挫折していました。Studio One だけはなぜかするっと操作することができて、使い続けています。

Studio One が突出して優れているのか、昔のDAWソフトがどれも難しかっただけなのか、私が成長したのか、なんとも言えないところです。2021年は Studio One をずっと使っていきたいと思っています。

書籍『存在の彼方ヘ』(エマニュエル・レヴィナス 著, 合田 正人 訳)に、次のようにありました。
だから、そもそも意味が現出するためにも、主題化は不可避なのだ。主題化というこの詭弁のうちで、哲学は始まる。だが、哲学の使命はこの裏切りを還元することである。
PCを新調したことで何の気なしに買ったオーディオ・インタフェースを、今年はこんなに使うことになるとは思いませんでした。配信ライブを見ることになったためです。今年、たくさんの配信ライブを見てきて、楽しみ方がだいぶわかってきた感じがあります。2019年に買ったヘッドフォン audio-technica ATH-AD500X も想定外の活躍をしました。オープン型のヘッドフォンは、配信ライブを見るのにも向いているような気がします。

私は何を隠そうトラックボール派で、ミーハーなので、ロジクールのM570のファンでした。今年、まさかの新モデルM575が出ましたので、すぐに買い換えました。ミーハーだからです。素晴らしく進化していると思います。傾きの角度が変わっているところがよいようです。作業が楽になりました。

新たに、小さいノートを持ち歩くことにしました。ダイアログノートです。メモの類は名刺サイズの情報カードに書いていましたが、持ち歩きには不便でしたし、なんというのか、どうでもいいようなことをがしがしと書くような感じではなかったためです。ダイアログノートを持ってみるとやはり楽しく、情報カードとは違うことを書いている感じがあり、どちらも併用することとなっています。

ダイアログノートと同時期くらいに、新しい万年筆も買いました。LAMY Safari です。ずっと見ないようにしていたのに、ついに買ってしまいました。

Safariは、インクの残りを見る覗き窓があまり格好良くないと、自分に言い聞かせていたはずだったのですが、スケルトンだったらあまり関係ない、どころか、それも格好良いことに気づいてしまったのです。結局、すごく満足しています。関係ないのに、2019年限定カラー、ブロンズのインクも買ってしまいました。Safariは持った感じが軽く、道具としてハードに使える感じが気に入っています。

何の話かといいますと、私は毎年、その年によかった音楽アルバムを六枚選ぶことにしているのです。
さっそく、始めます。



『Frozen Dust』 / Teruyuki Kurihara

音楽を聴くことには、こんな音楽を作り上げてしまう人がいるんだ、という畏敬の念が、私の根底にあるような気がします。本を読むことも同じかもしれません。

こんな音楽を作り上げてしまう人がいるのです。



『PSR B1919+21』 / NECO ASOBI

哲学が始まります。



『スティルライフII』 / haruka nakamura

だから、哲学というのはいつも日常と隣り合わせにあります。



『Zealot City』 / a crowd of rebellion

非日常も、隣り合わせにあるのかもしれません。私は日常が好きです。非日常も、たぶん好きです。日常と似ているものだと思うからです。



『Synergetics / Entropy』 / Yui Onodera

音楽は、日常の近くにも遠くにも存在していることができます。だから、ずっと音楽を聴いているのかもしれません。



『THA BLUE HERB』 / THA BLUE HERB

誰もが、そして私も、日常と非日常を形作っているのです。


終わりに


私の音楽の聴き方にバリエーションができた一年でもありました。カセットテープを買うようになったことと、Bandcampで音源を買うようになったことです。Spotifyばかりでやってきましたが、なぜだか、単一のプラットフォームだけでは聴くことのできない音源に行き当たるものです。

CDを買っていたころからそうでした。欲しい音源が、レンタルCD店で見つからなくなり、近所のCDショップで見つからなくなり、大手CDショップで見つからなくなり、ネット注文でも買えなくなり、いろいろあってカセットテープとBandcampに行き着いたりしています。そういえば、本を買うこともそうです。欲しい本が、書店で見つからなくなり、ネット注文でも買えなくなり、電子書籍でも買えなくなり、ちゃんと発送してくれるのかどきどきしながら古書を取り寄せたりしています。

ずっと、このあたりを試行錯誤している人生のような気がします。それでも、技術が進歩していることの恩恵は受けています。ありがたい限りです。

書籍『青い花』(ノヴァーリス 著, 青山 隆夫 訳)に、次のようにありました。
「どうぞ良心の本性をおしえて下さい」
「それができるなら、わしは神になっている。なぜなら良心は理解することによってはじめて生じるものだから。わしに文芸の本質を教えることがおできになるかな」
私は日常が好きです。私の好きな記事をご紹介します。

日常を支えるという非凡な能力 | Notebookers.jp

私の文章をお読みの方も、そうでない方も、今年一年私と関わりのあった方も、そうでない方も、私の好きな日常を、少しずつ支えてくださっています。

日常というのは、非日常のそばにあります。私の日常は、私と関わりのない方々が多くを支えてくださっているものです。

ありがとうございます。
これからも、よろしくお願いいたします。

2020年12月28日月曜日

2020年の<びっくら本> #mybooks2020

ずっと、勝手な本を選んで、勝手に読んできました。誰のためでもありません。自分のためとも、ましてや思えません。信じられないような本を読むことがあります。

読んだ本のリストを真剣に作るのは、そう悪いことではないようです。積極的な意味がないからでしょうか。誰のためのリストでもありません。それでいて、自分のためとも思えないものです。

こちらの記事を読みました。

【企画】2020年の<びっくら本>を募集します #mybooks2020 – R-style

今年は異様な本を多く読んだような気がします。奇書といってもよいかもしれません。自分が異様だと思った本を人に勧めようとはさすがに思いませんし、語りたいとも思いません。誰のためでもないし、ましてや自分のためでもないというのは、そういう感じです。

だからこそ、読んだ本のリストを真剣に作ってみます。



『遊歩大全』(コリン・フレッチャー 著, 芦沢 一洋 訳)

信じられないような本を読むことがあります。思想だけでも実利だけでもなく、その両方である、という触れ込みはよく聞きます。その、どちらでもないということがあったようです。壮大で胸を打つ、どちらでもなさです。



『CULT of Pedals 世界初のビンテージ・エフェクター・コレクション本』(細川 雄一郎)

「ビンテージ・エフェクター・コレクション」の本というのはよい表題です。「ビンテージ・エフェクター」の本ではないということです。

私にコレクションの趣味はなくとも、気持ちはとてもよくわかります。



『開かれた社会とその敵 第一部 プラトンの呪文』『開かれた社会とその敵 第二部 予言の大潮』(カール・ライムント・ポパー 著, 内田 詔夫 訳, 小河原 誠 訳)

心の広いような狭いような感じです。



『モモ』(ミヒャエル・エンデ 著, 大島 かおり 訳)

熱中して文字を読むことは、楽しいことだと思いました。それ以外ない、といえばそうです。私には文法や文体をすごく好きなところがあるのです。



『四色問題』(ロビン・ウィルソン 著, 茂木 健一郎 訳)

得意なことの違う人が、いろいろといるものです。嬉しくなります。



『エルサレムのアイヒマン ――悪の陳腐さについての報告【新版】』(ハンナ・アーレント 著, 大久保 和郎 訳)

世の中にはすごい本があります。私としては、これも奇書と呼びたいところです。悪は陳腐になったのかもしれません。



『青い花』(ノヴァーリス 著, 青山 隆夫 訳)

完成していない本だってあります。読むうえでは大したことではないようです。



『サイバー攻撃 ネット世界の裏側で起きていること』(中島 明日香)

真摯に本を書こうとすると大変なことになってしまう人が、世の中にはたくさんいるようです。いまリストしている10冊は、すべてそうかもしれません。素晴らしいことだと思います。感動的ですらあります。



『存在の彼方ヘ』(エマニュエル・レヴィナス 著, 合田 正人 訳)

自分の信じる論理に、真摯であろうということでしょうか。



『ことばのロマンス ―英語の語源』(アーネスト・ウィークリー 著, 寺澤 芳雄 訳, 出淵 博 訳)

自分の信じる感情に、真摯であろうということでしょうか。


終わりに


その、どちらでもないのかもしれません。

誰のためでもないし、自分のためとも思えない、ということがあります。そうやって、私は本を読んでいるような感じです。勝手な本を選んで、勝手に読んでいます。

何か民俗的な象徴があるのかもしれません。そう言われてみると、ひょっとしてこの本は奇書かもしれない、と自分で発想できるようになったのは、今年が初めてです。来年はどんな風に本を読むことになるのでしょうか。今から楽しみです。