2025年3月11日火曜日

優しい過去形

何も無理をせず、わだかまりもなく、感情の赴くままに時間を過ごすこと、それ自体が、心を蝕んでしまうようなことがあります。心を弱くしてしまうことがあります。すべての未来とすべての過去が折り重なったものが、現在です。

そんなとき、過去が、思い出が、私の心を強くしてくれるような気がします。過去ばかりくよくよと振り返っているところに、絶対の現在も、未来もあります。前向きに未来を見据えているようなところに、未来はありません。

松田聖子さんの「瞳はダイアモンド」には、次のようにあります。
ああ 揺れないで Memories
時の流れが 傷つけても
傷つかない心は
小さなダイアモンド
私はもっと強いはずです。優しいはずです。過去があるからです。

2024年11月30日土曜日

11月といえば自分の好きなブログを告白する月…ということです2024

文章を書くのは誰かのためではありませんし、ましてや、自分のためなどということはありません。本当の自己は私たちの行為の中に求められるものです。行為的自覚でなくてはならないのです。定義と手続きの連鎖は、世界を超えるからです。

書籍『本を書く』(アニー・ディラード 著, 柳沢 由実子 訳)に、次のようにありました。

パウル・クレーは、「絵の具箱にある絵の具に自分を合わせるのだ」と言った。彼によれば、絵の具箱にある絵の具に自分を合わせるのは、自然や自然の観察よりももっと重要だという。言い換えれば絵描きは、絵の具を世の中に合わせるのではない。さらに言ってみれば、世の中を彼に合わせようとはしない。自分を絵の具に合わせるのだ。彼自身は絵の具箱と、そこに入っている絵の具を携える召使である。クレーはこの理解を、まったく正しくも、「完全に革命的な新しい発見」と呼んでいる。

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有名な作家が一人の学生に次のような質問で引き止められた。「私は作家になれると思いますか」
「そうですねえ」と作家は答えた。「わからない……。きみは文章が好きかね」
学生が驚いているのが、作家にはありありとわかった。文章? ぼくは文章が好きかって? ぼくは二十歳です、文章が好きですって、どういうこと?
もし彼が文章が好きなら、私が知っている陽気な絵描きのように、彼ももちろん始めることができる。私がどのようにして絵描きになったのかと尋ねると、その絵描きは「絵の具の匂いが好きなんだ」と言った。

何の話かと言いますと、11月といえば自分の好きなブログを告白する月なのです。
さっそく、始めます。

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やこ|note

私にも、嬉しいことが、思っていたよりもたくさんありました。よかったと思います。好きな人やものたちのおかげです。好きな文章と音楽のおかげです。

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R-style

ライフハックは今でもずっとあります。私の近くに、遍くあります。ノートブックと本を、いつも持ち歩くようなところにあります。

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tadachi-net 出張所

ものとしての魅力は、あるサイズ未満のものに感じると、私も思います。持ち歩く道具もそうですし、ライフハックもそうです。

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iPhoneと本と数学となんやかんやと

試してみることに失敗がないのは、試してみることにいつも向き合っているからこそだと思います。文章の書けなさに向き合うようなことです。

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Chips with Everything – a movie diary since 2001

私はいつからか読書が好きになり、本を読み、文章を目で追うことが好きだと気づきました。絵の具の匂いが好きなのと一緒です。

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ねてもさめてもポメライフ

小さな、文章を書くための道具があります。小さな道具が私は好きです。

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gofujita notes

文章を書くとき、速くタイプするのがいつも正義とは限りません。文章を書くことは、文章を書くことの中にあるからだと思います。私も文章が好きです。

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ならずものになろう

文章を書くことは、文章を書くことの中にもあるし、文章を書くことの難しさの中にもあります。書けなさと向き合うところにあります。

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ディレイマニア

誠実さがあるということです。

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Notebookers | How many miles to Notebookers ?

私も、ノートブックと本を持ち歩きます。小さな、使い古したいくつかの道具が、ゆえあって私のまわりに集まっています。

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サ|note

懐かしいものです。同じライブを、私も配信で見ました。
レモンが弾けるような日々でした。

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Word Piece

個別の道具と手続きに、自分を合わせるようなことが、私は好きです。手続きが積み重なっていく中に、神秘があります。上位の階層を変えてしまうようなところがあります。
よいことだと思うので、スクリーンセーバーにしています。

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牛尾 剛|note

ソフトウェアエンジニアリングについて、書くことと読むことがたくさんあります。嬉しいことです。


終わりに


書籍『数学ガールの秘密ノート/数を作ろう』(結城 浩)に、次のようにありました。

テトラ「そ、そうですが……これって、ただの計算ですよね。まったく虚数っぽくありません!」
ミルカ「そう、ただの計算だ。i が "虚数単位" というドラマティックな名前を持っているために、そこに神秘を求めてしまう。2乗して負になるなんて不思議だと言いたくなる。しかし、実数のペアとして複素数を考えるなら、虚数単位は (0, 1) 以外の何者でもない。ただ、

 (0, 1) × (1, 0) = (-1, 0)

というだけのこと。どこにも神秘や不思議はない。実数のペアを用意して、ただの計算、ただのルールがあるだけだ。しかしながら、それにもかかわらず複素数という豊かな世界が生み出されていく。そこにこそ数学の神秘と不思議があり――数学の魅力の一つがあるのだ」

定義と、手続きが積み重なっていくところに、神秘があります。魅力があります。ドラマティックな、夢見る心にあるのではありません。文章を書くこと、読むことはよいものです。定義と手続きが積み重なっていきます。私も、絵の具の匂いが好きなのです。

2024年3月11日月曜日

優しい四季

世界はまわるというけれど、四季はめぐるというけれど、めぐる四季と私とが、影響し、影響されるというダイナミクスの中に、四季も私もあります。絶え間なく影響しあっているから、時間がまっすぐに流れていくのです。流れる歳月に重みがあることの、要因です。

過ぎ去った時間に重みがあるのなら、私たちが、優しくなっていくことに他なりません。一年の時間の重みに耐えるほどに、私たちが優しくなっていることを願う日があります。一年に一度あります。何も私の中をめぐるものなどないからです。希望でしょう。

GARNET CROW の楽曲「籟・来・也」には、次のようにあります。
春には春の 生き方があり
夏には夏の 風が吹きます
秋には秋の 実りがあって
冬には冬の 厳しさがある
四季には四季の、優しさがあります。移り変わっていくものの中だけに、とどまっているものがあります。儚さに佇むものがあります。今日は、私たちの頼りなく小さな心で、優しさを願う日です。

2023年12月31日日曜日

six albums of the year (2023版)

2023年は、夏に差しかかるころから、なんだか体調がとてもよくなりました。別に、それまでも何か病気をしていたわけではありません。なんとなく頭が痛くなったり、お腹を壊したり、少し活動すると疲れてしまったりと、日常の中でよくある体調の変動が少なくなりました。今は毎日が元気です。理由はよくわかりません。何か一つだけの要因ではないのだとは思います。本当の自己は行為的自覚でなければなりません。私は夏が好きで冬が嫌いなので、夏が終わったらまた悪くなってくるのかなと思っていましたが、そういうわけでもありませんでした。

体調がよいというのはいいものです。何をすることにも、何もしないことにも、楽しさがあります。とはいえ、去年の私に、楽しさがなかったわけでもありません。それなりのところで、折り合っていくものなのでしょう。楽しさというのは、自分の中から発見される、抽象的なものなのだと、改めて気づきました。大切な一年になりました。

東プレのキーボード REALFORCE R3S / R3SC13 を買いました。JIS配列の、テンキーレスの、キー荷重30グラムのモデルです。キー荷重30グラムというのは、世のキーボードの中でも軽い部類になると思います。私は、キー荷重45グラムの Happy Hacking Keyboard Professional HYBRID Type-S を使っていると、一日の終わり頃に指が疲れている感じがあって、軽いものを探していました。私にはキー荷重が軽いものが合っているのかもしれません。指や手の力がないのでしょうか。とても調子よく使えています。REALFORCEのシリーズは、R2とR3とで雰囲気がだいぶ違って悩むところでしたけれど、R3Sが発表されて、これだ、という感じが私はします。

HHKB Professional HYBRID Type-S も変わらずに好きで、どちらも使い続けています。キー配列もキー荷重も違うけれど、私はこうして、気に入った複数の道具を並行して使い続けている様子が好きです。

そんな中、こちらの記事を読みました。

「買ってよかった考具2023(るう)」 - by るう - トンネルChannel

とてもよい記事をありがとうございます。多大なる影響を受け、NuPhy のメカニカルキーボード Air75 V2 の Ionic White を購入しました。キースイッチはAloeです。いちばんキー荷重の軽い、37グラムです。これが大変に素晴らしく、Air60 V2 も欲しくなってきています。キー荷重30グラム台の軽いキースイッチが、自分にあっていることに気づきました。

Nintendo Switch のゲーム、スーパーマリオRPGのリメイクをプレイしました。私は今ではゲームをする習慣は皆無で、スマートフォンのアプリのゲームですら一切しません。ちょっと記憶にないくらい、久しぶりに真剣にゲームをしました。それこそ、スーパーマリオRPGのスーパーファミコン版をプレイしたとき以来かもしれません。

当時、スーパーマリオRPGのスーパーファミコン版が私は大好きで、何度も何度もプレイしていました。今年リメイクが発表され、大変に感動しました。長く生きていると嬉しいことがあるものです。プレイしてみると、この人に話しかけるとこう言われるとか、ここに隠し宝箱があるとか、完璧に覚えていて、まったく迷わずクリアできました。完璧に覚えていたおかげで、リメイクで少しだけ変わっている個所にも気づくことができ、とても楽しくプレイできました。

これでもう、私は、ゲームをすることは一生ないような気もします。スーパーマリオRPGのリメイクのリメイクでも出ない限り、でしょうか。人が日々を生きるうえで、最後というのは遍くあり得るわけで、ため息のような感傷があります。

書籍『思考を耕すノートのつくり方 ―自分の知的道具を手に入れる』(倉下 忠憲)に、次のような一節がありました。
もちろん、そうした生き方もひとつの選択ではあるのですが、問題はそうした選択を意識的に選んでいるのかどうかです。それこそじっくり腰を落ち着けて、「自分は仕事にすべての時間を使うのだ」と考えた結果なら、そのように仕事に邁進しても後々後悔はないでしょう。しかし、考えて選択することをせず、ただ巻き込まれ、流されているだけなら、後になって「自分の人生とは何だったのか」という気持ちが出てきたときにうまく対処できなくなります。
何の話かといいますと、私は毎年、その年によかった音楽アルバムを六枚選ぶことにしているのです。
さっそく、始めます。

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『王国』 / fishbowl

アルバムというのはよいものです。アルバムにしようという、意図があるからです。

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『FINE LINE』 / パソコン音楽クラブ

自己というのは行為的自覚でなければならないのです。

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『龍凰童子』 / 陰陽座

前を向いて日々を過ごす方がよいはずです。私の選択です。

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『境界 KYOKAI』 / Satomimagae + duenn

行為と自覚の相互作用によって、成り立つ何かがあります。

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『biotop』 / jizue

私は、論理と芸術だと思います。

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『Camellia』 / RAY

世界に論理と芸術があってよかったと思います。なんとなれば、論理と芸術が世界を形作っているのかもしれません。


終わりに


2023年は、音楽のライブにもたくさん足を運ぶことができました。ライブに参加していると、そういえば3年ほど前はこんな光景だったなと思うことも多く、感慨深いものがあります。それまで気づかなかったことに、気づくようになるということは、ほとんど、生きることのすべてです。

書籍『新装版 ダウン・ツ・ヘヴン Down to Heaven』(森 博嗣)に、次のようにありました。
「五分五分だったら、勝てます」僕は答える。
「意味がわからない」彼女は首をふった。
「客観的なデータが五分五分の条件を、すべて勝ってきた、だからこそ、生き残っているんです」僕は言った。「五十パーセントも可能性があるならば、必ず勝てます」
「変な自信ね」
「自信ではありません」
「では……、何?」
「予感です」そう答えたけれど、それは二番めに思いついた言葉だった。本当のところは「諦め」だと思える。
私は櫻井敦司のことを忘れません。何か悩むことがあったとき、不安なことがあったとき、迷うことがあったとき、私は、櫻井敦司と BUCK-TICK がいるから大丈夫だと思って、今までの日常を過ごしてきました。ありがとうございました。

日常は非日常だったのかもしれません。日常と非日常が世界を形作っているのかもしれません。そんな世界を、私は好ましく思います。私の好きな記事をご紹介します。

日常を支えるという非凡な能力 | Notebookers.jp

世界には、日常を支えるという非凡な能力があります。無用なセンチメンタルといえば、そうなのかもしれません。でも、私と関係のあった方も、そうでない方も、私の日常と非日常を、等しく支えてくださっています。

一年間、私の大切な日常をありがとうございます。私の大切な非日常をありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。