二つほど有名だと思っていたことがあるのですが、最近ふとそれを目にしましたので、エントリにしてみようと思ったのです。
紙コップとビー玉
ひっくり返した紙コップが3つ並んで置かれています。その他には、ビー玉が1つと人が2人です。人はAさんとBさんがいることにします。
前提を示したところで、手順をざっと書き出してみます。
- Bさんは目を閉じる
- Aさんは任意の1つの紙コップの下にビー玉を隠す
- Bさんは目を開ける
- Bさんはビー玉が隠れていると思う紙コップを1つ指定する
- Aさんは、Bさんが選んでいない2つの紙コップの内、ビー玉が隠れていない任意の1つの紙コップをオープンする
- Aさんは、「この紙コップにはビー玉は入っていませんね?」と得意げに言う
- 現在、2つの紙コップがひっくり返されている
- Aさんは、「もし、始めに選択していない方の紙コップにビー玉が入っていると思うなら、今ならそちらに選択を変更しても構いませんよ?」と得意げに言う
- Bさんは悩む。「さて、始めに選んだ方か、選択を変更するかで、当たる確率が大きいのはどちらだろう?」
普通に紙コップを指定してビー玉入りのものを当てるだけなら、その確率は 1/3 です。
今回そこから変なことが起きているのは、手順5でハズレの紙コップが1つ判明している点と、手順8で選択を変更できる点です。
しかし、ハズレの紙コップを知るのは始めに1つ指定した後ですので、関係ないような気もします。
(ここは重要です。後述します。)
解答編
ここでの解答は、二つのステップを踏むのが良いです。
なぜなら、そうした方が数学が楽しくなるからです。
[一つめのステップ]
「Bさんは、選択を変更した方がうれしいのか。」
このステップでは話の厳密さは問わず、なるほど、と思えることに重きを置きます。
さて、「選択を変えるべきか」は状況を大げさにすると想像することができます。
もし、同じ状況で紙コップが100個あって、Aさんがハズレの紙コップを98個オープンしたとします。やはり残りは2つです。
いま、
- 自分が、100個の中から適当に選んだ1個
- 答えを知っているAさんが、99個の内98個をオープンして残った1個
ぜひここは、「数学の問題として」この話を既知の方にも想像していただきたい部分です。このステップに限っては、数学は関係ありません。
――想像できたでしょうか。
続けます。
この「アタリな気がする」というのがとても重要です。
もちろん、選択を変更しようがしまいが、アタリを指定できる可能性はあります。裏を返せば、どんなに可能性の高い方を選択しても、はずれることはあります。
ですが、そういった細かいことは無視して「あたってそうな気がする」と感じられるのはどちらだろう、と想像するのです。
今回の場合は、解答としては「変更した方がうれしい」です。
想像があたっていてもはずれていても、この解答を踏まえた上で「自分はなぜこの想像をしたのか」を考えると、より良いと思います。
[二つめのステップ]
「では、それぞれのあたる確率はいくつか。」
こちらは数学の話になってきますので、[一つめのステップ]で十分納得できた場合はあまり気にしなくて構いません。細かいことが気になる方だけお読みいただければ良いと思います。
(とはいえ、私もここでの説明がうまくできる自身はありませんし、間違っているかもしれません。)
さて、状況は、
- 自分が始めに選択した紙コップがアタリ
- それ以外の紙コップがアタリ
途中の、ハズレの紙コップをオープンしたりといった様々な変なことに影響されない、確かな状況は、これだけです。
そして、「それ以外の紙コップがアタリ」というのがそのまま、「選択の変更先の紙コップがアタリ」と等価になります。
今「それ以外の紙コップ」として残っているのが1つしかなく、「それ以外」イコール「選択の変更先」となるためです。
上記の状況1、自分が始めに選択した紙コップがあたる確率は、何も変わったことが起きていないため、 1/3 です。途中いろいろありましたが、3つの内の1つがあたる確率を調べるだけです。
一方の状況2は、状況1ではない方の確率ですので、 2/3 になります。
上述したとおり、これが「選択を変更した場合の、あたる確率」になります。
考えること
この設問を見たときに、解き方がわからなかったとします。
そこで言及しておきたいのが、問題編の最後に書いた
ハズレの紙コップを知るのは始めに1つ指定した後ですので、関係ないような気もします。です。
つまり、この設問が問題にしているのは、「一見、選択を変更するか否かは関係ないように思えるけど、本当にそうかな?」ということです。
問題が解けないときにはぜひこのような、
- この設問は何を問題にしているのか
- 自分は何の質問に答えればいいのか
(ここで言う「質問」は、上記の「本当にそうかな?」です。)
これも一つのチェックリストになるかもしれません。それについては、本ブログの「方べきの定理」とのエントリを参照していただければと思います。
ともかく、考えることがはっきりしていなかったり、多かったりすると、良くないように感じるのです。
終わりに
本エントリの冒頭に「二つほど」と書いたのですが、想像を超えて一つめが長くなってしまいました。
二つめはまた別の機会にします。
それから、「状況を大げさにしてみる」のも、チェックリストとしてわりと有用です。