先日『武器としての決断思考』を読了しました。
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| 『武器としての決断思考』(瀧本哲史) |
今回はそんな話です。
私の読み方
まず、私が本書を読んだ状況について説明しておきます。
本書は新書サイズで厚さもあまりないため、常にカバンの中に入れておいても苦にならず、ぜひ外に持ち出して読みたくなる姿形をしています。
そこで私は、本書を外出時には必ず持ち歩き、そこでしか読まないことに決めました。
言い換えると、自宅では本書には手を付けずに別の本を読むことにしたのです。
とはいえ、外出時に本を取り出せるタイミングは多くありません。あるいは仮に多くあったとしても、長くはありません。
事実、一度にまとめて確保できる読書時間は平均して7~8分といったところでしょうか。
ページ数にしてみると、一度の読書機会には5ページ程度しか進めることができません。
ここで言及したいのが、以前本ブログで書いた以下のエントリについてです。
23-seconds blog: 読書すること
この中で私は、「何度も戻って同じ部分を読む」「ページを進めることにはこだわらない」といったことを述べており、現在もその考えに変わりはありません。
したがってこれらから自然と、
- ほんの少しの時間でも、本を広げる
- n ページだけ読む
- n-1 ページ程度戻ってしおりを挟む
のような読み方をすることになります。
結果として、一度の読書機会にしおりの位置が1ページしか進まないことが何度もありました。
そのような読み方を続けていたため、私は本書をかなりじっくりと読むことになりました。
すこし進んでは本を閉じて、歩きながらなどの隙間の時間に読んだ内容について思いを馳せることを繰り返していたのです。
本書について
私が本書について感じたことを述べるためには、ここまでに説明してきた「私の状況」に、どうしても触れておく必要がありました。
さて、非常に大雑把に言えば、本書には思考の方法が書かれていると思います。
正確な表現では決してありません。これがいわゆる「捨象」です。
ここで伝えたいのはそれではありません。
本書は、ラストに壮絶などんでん返しがあります。
ですが、それでいて、幸せなどんでん返しです。
本書の始めから一貫してある表現が使われているのですが、それがラストでまさかあのように使われるとは、考えてもいませんでした。
いま、「あの」や「ある」などと書いていることから察せられるとは思いますが、私がここでそのい内容について紹介してしまうことはしません。
その理由が、本エントリの前半に私が述べてきたところにあります。
本書の「どんでん返し」は、字面だけ追ってしまうと特に感動のないものです。おそらくこれは間違いありません。
ですが、私は本書を割と妙な手順で読み進めたために、序盤から中盤にかけての内容が、体に近い部分に来ていたといいますか、深く理解できていたといいますか、そんな感じになっていました。
そうだったからこそ、私は本書の幸せな「どんでん返し」に感動できた、更に言うならそれを「どんでん返し」だと捉えることになった、と言えるのだと認識しています。
話を整理します。
- 本書には、幸せな「どんでん返し」がある
- しかしそれは、序盤から中盤にかけてじっくり読んでいないと、それと気づかないものである
もし興味がある方は、本書をこのように読んでいただくと、幸せなどんでん返しを感じられるとは思います。思いますが、万人にお勧めできることではありません。
ちなみに、どんでん返しだとか感動だとかには興味がないから現実に役に立つ本が読みたい、という方には、本書は何のわだかまりもなくお勧めできます。
終わりに
本エントリは、文章のほとんどを外出先でポメラを用いて書きました。
ポメラはブログ書きにとって大事な武器になります。
それから、参考となる記事を掲げておきます。
23-seconds blog: チェックリストへの思い
Evernoteを単に情報整理ツールだと思っていると数年後に後悔するかもしれない理由 | Lifehacking.jp
