Evernoteは何ができて、何がスゴイの?[Evernote"超"初心者講座 第1回]
「第1回」には、その企画が始められるに至った動機が述べられています。
引用いたします。
ですが、Evernoteをほとんど使ったことがないというような「本当の初心者向け記事」って意外とないもんだな…と、以前福岡で初心者向け「Evernoteの使い方」講義をしたときに思いました。Evernoteの初心者向けに役立つような記事が、あまり存在していないとのことです。
というわけで、講義のときに作った資料をもとに、これから不定期に[Evernote超初心者講座]を連載していきたいと思います。
確かに、言われてみるとそうかもしれません。
私も今でこそ生活の一部としてEvernoteを使っていますが、アカウントを取ったばかりの頃は決して初心者向けではないと思われる記事をたくさん読んで、そこで言われていることがよくわからないままに進んでいたような気がします。
私の方法が良くなかったのかどうかはわかりませんが、いずれにせよ、Evernote初心者でない人にとっても楽しみな企画がスタートしました。今後の連載が待ち遠しいです。
今回はそんな話です。
第2回
件の連載は、第2回が公開されています。
[Evernote超初心者講座 第2回]まずは、"ノート"と"ノートブック"の2つだけ覚えよう!
記事全体として述べられていることは非常に素晴らしいので、ぜひ多くの方に読んでいただきたいのですが、ここで私が取り上げたいのは、その中にあったある一文についてです。
引用いたします。
要するに、メモでも、写真でも、音声でも、後で見たいホームページでも、何でもかんでも「ノート」としてEvernoteに放りこんでおけるわけですね。Evernoteを、紙のノートを引き合いに出して説明している部分です。
紙のノートに1ページ1ページ記録を残していくのと同じ発想で、Evernoteに「ノート」を作っていくことができるわけです。
さて、私が言いたいのは、この引用した一文をさらっと読んでしまってはいけない、とのことです。
ここで言われている「中身が何であっても、それはノートである」ことは、Evernoteの根幹を成す考え方です。
私は今まで、「Evernoteとは何か」との問いに回答することを、できるだけ避けてきたつもりです。
それはひとえに「簡単に回答できるものではない」と考えていたためですが、今回、ある意味Evernoteを評する際には「頻繁に見る」ようなこの表現に対して、突然合点がいきました。
「ああそうか、何でもかんでもノートなんだ」という風にです。
言葉として「Evernoteは難しいものではない」のは理解していましたが、今回それに心から納得がいったということかもしれません。
ノートがある
これからは私にも、「Evernoteとは何か」に回答できます。
Evernoteとはノートを残す場所です。
(ただ、回答できても、表現自体はよく目にするものであるため、これを聞いた人が今回の私と同等のレベルで心から合点がいっていないと、あまり意味がありません。それはまた別の話になってきます。)
さらに言えば、データそのものを置く場所ではなく、その情報と自分が関わった体験の記憶が保存されているのが、Evernoteなのです。
いま、Webクリップを例に挙げるとすると、すなわち、Webクリップを保存しておくのがEvernoteなのではなく、自分がそのWebページを読んだとの体験を「ノート」として残しておくことができるのが、Evernoteです。
だからこそ、その中身がWebクリップであろうと、何であろうと、それは「ノート」なわけです。
整理しない
同じく、「[Evernote超初心者講座 第2回]まずは、"ノート"と"ノートブック"の2つだけ覚えよう!」から引用いたします。
「よし、じゃあ使ってみよう!」と思って、まずはノートブックをたくさん作ってしまう方がいると思います。
「アイデア」「Webサイト」「食事」「仕事」などなど・・・
そのやり方を否定するつもりは全くないですが、そのノートブックは本当に使うでしょうか?
逆に分類がめんどくさくなって使わなくなる…なんてことにならないでしょうか?
こういった、「Evernoteは一生懸命整理しなくて構わない」といった話も、Evernoteについての情報をよく集めている方なら何度も目にしていると思います。
このことの根拠の一つとして言えるのは、「検索機能を始めとして、Evernoteには整理なしでも問題なく使っていける仕組みがそろっていること」です。
それは間違いないものとして、ここでは前半に述べたことを踏まえて、それとは別の根拠について考えてみます。
やはり持ち出すのは、紙のノートの例です。
紙のノート
少し前に、『シゴタノ!手帳術』を読みました。
| 『シゴタノ!手帳術』(倉下忠憲、北真也、大橋 悦夫) |
こちらに、以下のような記述があります。
一人の人間は多くの役割を持っています。たとえば、仕事、家庭、プライベートといったものです。そういった複数の役割を、状況ごとに使い分けながら人は生活しています。私がほぼ日手帳に書くときには、こういう役割を意識しないようにしています。
つまり、仕事だからこの手帳、プライベートだからこのノート、といった使い分けをしないということです。むしろ、そういうさまざまな役割の土台にある、「自分」という視点で記録を付けていると言えるかもしれません。手帳やノートに、日々の出来事を書きつけていくことについての文章です。
私も、こういったことは普段から意識するようにしていて(いえ、意識はしておらず、自然に、かもしれません)、すなわち「何についてのことでも、モレスキンにずらっと書いてしまう」のです。
ひいては、私が本当に意識しているのは、ここで言う「自分という視点で記録を付ける」ことになるのかもしれません。
これをうまく説明する文章が、以下の記事にありました。
・「仕事納め」なしのシームレスな生活 | EX-IT
非常に参考になる記事です。該当する部分を引用いたします。
どこまでが仕事、どこまでがプライベートという継ぎ目は少なくなっています。仕事とプライベートに関する記述です。こちらでは、そこにある継ぎ目が少なくなっていることが言われています。
そもそも、読書が仕事に入るのかプライベートなのか、ブログを書くのはどちらに入るのか、曖昧なものは多いです。要するに、仕事とプライベートの間には元々線引きはできない、との話であるという理解で良いかと思います。
クライアントとの会話も、すべて仕事のことではなく、プライベートのこと、オススメの本やセミナー、IT機器の話もします。
ここで一つ前の話に戻って、「仕事だろうとプライベートだろうと、自分である」との考え方になるわけです。
自分とEvernote
これで、少し上に掲げた問いである「なぜEvernoteでは情報を整理しなくて良いのか」の話ができます。
すなわちこれは、ここまで述べてきたことを連ねていけば、その回答になります。
- Evernoteは「ノート」である
- Evernoteに保存される情報は、すべて「自分の体験について」である
- (紙の)ノートに情報を書きつける際には、分類を意識しない
- そもそも、「自分である」以上の分割はできるものではない
もちろん、こういった「まとめ」めいたものは本来、情報を受ける側が自由に行っていいものだと思いますので、「私は、だいたいこんな風に思っている」程度のことです。
とりあえず上記の箇条書きを基にすれば、「自分である」以上の分割ができないために、Evernoteで一生懸命情報の整理を行うことはない、といったものが回答になるでしょう。
終わりに
よく「手帳を使いこなせない」との話を耳にしますが、(この表現自体に問題がありそうなのは置いておいて、)一つのチェックポイントとして私が常々考えているのが、「仕事以外のことも書かれているか」です。
この話は長くなりそうなので、別の機会にします。