それらの単語自体は出現せずに、その考え方のみを用いている場面も含めれば、その数はさらに多くなります。
そこから派生した話の一つに、目標についてがあります。
今回はそんな話です。
目標についての記事
こちらの記事を読みました。
【思考の断片】目標を減らす(無くす)という目標 | Find the meaning of my life.
簡単に記事の内容をご紹介します。
引用いたします。
目標を持つことは良いことであり、目標が無いことというのは不幸な状態だという信じる方も多いでしょう。目標がないなんてダメだと言われてしまうことも多いでしょうそのとおりだと思います。目標がないことは、どこか良くないことのように捉えられてしまいます。
しかし、Less is more という考え方が本当に逆説的に人生に Power を生むのであれば、持ち物を減らすなんてレベルじゃなくて、習慣を変えていくという正統派の自己改革を超えて、目標自体を減らす又は無くしてしまうというアプローチの可能性は・・・ないのかなぁと思うのです?なるほどと思いました。
「Less is more」の考え方がどこまでも有効なら、目標を持たないことで良い人生を目指そうとするアプローチが存在するはずである、との内容だと理解しました。
自分のエントリ
私はこの記事を読んで、とても嬉しかったといいますか、心強く感じました。
それは、しばらく前に本ブログで以下のエントリを書いており、かつ、現在にわたってもそこで述べている考えに変わりがないためです。
23-seconds blog: 日々の生活をベストに
上で紹介した記事とほとんど同じようなこと、つまり、目標がないといけないのだろうか、といったことを述べているはずです。
エントリとしては、私が以前から疑問に感じていたことを書いてみただけのものだと思いますが、あまりそれを支持するような文章に出会ったことがありませんでした。
ですので、今回先述した記事を読むことになって、私が思ったことがただ無鉄砲なわけでもないことが言えそうですので、それがとても嬉しいです。
次へ進める
私が上記のエントリを書いた時点では、この「目標を持たない」話をこれ以上進めるつもりはなかったのですが、こうなるとその考えも変わってきます。
もう少しこの話を進めてみるのも、悪くないかもしれないと思い始めているわけです。
さて、この話を深めていくには、大きく分けて二つの方向性が思いつきます。
- 本当に、「目標を持たない」ことはアプローチとして存在するのか
- 「目標を持たないこと」を基にして、日々の生活をどう組み立てていくのか
一つめ
一つめに関しては、語るべき内容が思い付きませんので、問題提起に留めておくことにします。
つまり、「提案として目標を持たないというアプローチがあり得そうではあるが、実際にはどうか」とのことです。
上で紹介した本ブログのエントリでも、目標が見つからない人が悪いはずはない、といったことを述べており、今もその考えに変わりはありません。
とはいえ、それはある種私の気持ちや願望とも言えてしまいますので、そのことが本当にそうであるかは明らかにしていく必要があります。
二つめ
二つめのことはすなわち、目標を持たないアプローチが確かに有効である場合、「目標を持たないような日々の行動」をどのように設定していくか、といった意味です。
目標を持たないことは良いアプローチであると仮定した上で、その先を考えたいわけです。
ここで考えるべきなのは、とった行動の善し悪しが簡単に判別できないことです。
目標に基づいて生活している場合には、その行動が目標を達成するためのものになっているかどうかで、そのことは判別できます。
しかし今回の場合は行き先が決まっていないために、どの行動が良いものなのか、または無駄なものなのかが明らかにはなりません。
おそらくこれは、論理的や定量的といった観点からは決定できない問題になってくるのでしょう。
したがってここでは、その行動をとったときに後悔がなかったかどうか、を判断基準として提案してみます。
心から「ああ、今日は良い時間の使い方をしたな」と思えたら、それらは良い行動だったとするのです。
実にあいまいな基準ですが、これが今私が思っていることです。
記事
それについて、参考になりそうな記事を読みました。
【7つの習慣】緊急&重要の4領域を自由自在に移動して第二領域に集中するテク | jMatsuzaki
参考になるかどうかを別として、まずは素晴らしいエントリであることを明記しておきます。
さて、こちらのエントリでは、行動自体を増やしたり減らしたりすることなく、それを「重要だけど緊急でない」方向に向けることについてが述べられています。
引用いたします。
無理なく第二領域に集中コツは、第二領域以外の行動を闇雲に減らそうとしないことです。なぜなら、ほとんどの行動は第二領域に自由に移動できるからです。ここで言われている「第二領域」は、「重要だけど緊急でないこと」を意味しています。
具体的な例についても説明されていますので、一部引用させていただきます。
例えば、トイレや入浴、通勤時間を他人に委任することはできませんが、それらの時間を読書時間に転換できれば「穀潰し」が「備え」に移動したことになります。通勤時間などのもともとは何でもない時間を、「重要だけど緊急でないこと」を実践する時間にしてしまおうというわけです。
記事では他にも様々な例が挙げられていますので、目を通していただけると良いと思います。
そして、ここで言う
- 同じ行動でも、第二領域に振り向けられるように工夫すること
- 後悔のない行動をとること
具体的にどこがどう関連するのかは自分にも明らかになっていませんが、とにかく関連しそうだと思いました。
このあたりは今後考えていくことにします。
終わりに
で、これがボトムアップ的な考え方だというわけです。