そのためのアプローチは数え切れないほどあるでしょうが、その中の一つとして、自分の原点を明らかにしていく、との考え方があると思います。
今回は、そんな話です。
出会いと
多くの方にあてはまると思いますが、私にも「現在の自分を作った」、「出会っていなければ現在の私は全く違うものになっていた」と言えるものがいくつかあります。
一般的に言って、対象が物であるか人であるかを問わず、出会いというものは常にインパクトを携えてやってきます。
このことを、どこか頭の片隅か第二の脳あたりに留めておくと、多少は悪くない日々を過ごせるかもしれません。
ここで、出会いが持つ力強さを語るのに私の言葉はやや役不足ですので、こちらの素晴らしい記事をご紹介します。
[手紙]あの頃の僕とカッコイイおじさんへ | Last Day. jp
非常に感動しました。どうも最近、涙もろくていけません。
アリバイ
私にも、客観的に見れば上記の記事のことほど劇的ではないかもしれませんが、大きな出会いと呼べるものがあります。
ちなみに、出会いや別れがドラマティックさに欠けているかどうかは、その後の自分の行動でいくらでも決定できると思っています。このことはまた別の機会に考えてみることにしましょう。
ここでは論の展開を急ぎます。
私自身の、出会いと原点の話です。
原点
PIERROTというロックバンドがいました。
数年前に解散してしまい非常に悲しい思いをしましたが、私にとって、今でも不変の原点です。
上にも書きましたが、PIERROTと出会っていなければ、現在の私は全く異なったものになっていたことでしょう。
そして私は、現在の私を大筋で好ましく思っていますので、この出会いは良いものだったことになります。
さて、残念ながら、この場でPIERROTの良さなどについて語ることはできません。
なぜなら、自分にもよくわからないためです。わからないのか、わかっているけどうまく表現できないのかはわかりませんが、とにかくわからないのです。
私が自分の原点と考えているものたちは、どれもがそのような感じになっていたりします。
何となく、他のものとはちょっと違う場所にいるのです。
PIERROTの楽曲
PIERROTの「壊れていくこの世界で」という楽曲から、一節をご紹介します。
どうかせめて 同じ蒼ざめた月の下で 笑っていてとても感動的な楽曲です。
他になにも出来ないから
次に、同じくPIERROTの「HUMAN GATE」という楽曲からも一節をご紹介します。
きっと誰もが同じだけの苦しみ背負いながら涙なくしては聞けない楽曲です。
それでも笑顔見せている
もし、この曲を聞いたことのない方がいらっしゃったら、「青い鳥」の行方に思いを馳せていただけると良いと思います。
冒頭に
さて、本エントリの冒頭には、ここまでの話と一見関係のなさそうなことが書いてあります。
「自分の好きなものを明らかにするのは難しい」とのことです。
つまり、本エントリは、ここまで述べてきたような、出会いの力強さといったことについてのものではありません。
いま私が考えたいのは、自分の好きなもの、とりわけ「好きな接続詞」についてです。
私が好きな接続詞は二つあって、それは「せめて」と「それでも」です。
文法的に正しいことを言うなら、ひょっとするとこれらは副詞かもしれませんが、ここではそういった議論には立ち入らないことにします。
(立ち入らないだけで、こういった話は大好きです。)
「せめて」にも「それでも」にも、「自分は駄目な人間ではあるけれど、何とか少しだけでもがんばりたい」といった響きがあります。
この、自分は駄目だけど、と認めた上で何とか前に進もうとする姿勢に、私は感動します。
私にとっては、ある種の人生観というか、座右の銘というか、そういった重要なものなのです。
ライフハック
今回、好きな接続詞について考えたことで、自分の人生にとって重要なことにたどり着きました。
ぜひ、これをお読みの方にもお試しいただければと思います。
「好きな接続詞を考えるというライフハック」です。
終わりに
途中、PIERROTとは全く関係ないネタが挟まっていますが、これもPIERROTとの出会いがもたらしたことです。
PIERROTがいなければ、存在しなかったことなのです。