この文は単に「訳あって」と言いたかっただけですので、実際は大したことはありません。
要は、最近忙しいです、という話です。
ちなみに、「執筆」に鍵括弧がついているのにはちゃんと意味があります。今のところ、本エントリでその意味をきちんと判明させられると思ってはいますが、実際にはどうなるかわかりません。
この「どうなるかわからない」が何を言っているのか、文章を書いた経験があまりない方にはわかりにくいかもしれません。
(もちろん、わかりにくいのは私の責任であって、あまり文章を書かない人がいることは全然問題ありません。)
こちらの記事では、その「どうなるかわからない」に触れているようです。
R-style » 【書評】『小田嶋隆のコラム道』(小田嶋隆)
ぜひ全体を通して読んでいただきたい、素晴らしい記事ですが、ここでは一か所だけ引用させていただきます。
文章を、何かしらのベクトルを基に書いていくことについての話です。
するとどうだろう。当初思いもしなかったような場所に文章が着陸するときがある。「あれ?」というフキダシがそばに浮かんできそうな感覚だ。まさに「あれ?」といった感覚です。
どうも文章というやつは、誰にとっても、どこに進んでいくのかわからない性質を持っているようです。
本エントリの例で言えば、今のところは「執筆」に鍵括弧がついている理由を陽に明らかにするつもりでいますが、書き上がったときにそれがどうなっているかは、私にもわからないわけです。
脱線がネストしてしまいました。
一番上を見ていただくとわかる通り、本エントリは「時間がない」ことについて述べるものです。
今回はそんな話です。
時間がない
本ブログの以前のエントリに、以下のものがあります。
23-seconds blog: 最近忙しい
ここで述べた考え方は、現在も大筋で変わっていません。
よく、時間がないときに「忙しい」「時間がない」などと言わないようにしよう、といった話があります。
確かに、それは価値のある方針だとは思います。ですが私は、忙しいときは忙しいときで、そのときにしか得られないこともある、と考えています。
それは忙しいときにしか経験できないことだったり、考えが及ばない部分だったり、いろいろあるはずです。
「忙しいと言わないようにする」ことでそれを封じてしまうのは、もったいないと思うのです。
得たもの
本エントリの冒頭で、私が最近忙しいと書きました。
であるなら、すぐ上に書いた方針に従えば、私は忙しいときならではの何かを得たことになります。
それについて書いてみます。
「習慣」についてです。
習慣づける
ライフハック界隈では、習慣づけることの重要さと、いかにして習慣づけるかについて日々考察がなされています。
私も習慣の重要さについては全面的に同意です。習慣をうまくコントロールできれば、大きな力となるのです。
ではその一方で、何かが習慣づいたかどうかはどのようにして知るのか、との疑問があります。習慣づける方法についてはよく語られますが、こちらの方はぱっと回答が思いつきません。
習慣づいた
私はこのところ、ブログの「執筆」にかけられる時間がほとんど取れませんでした。
その一方で、道を歩いていたり、食事していたりといった普段の生活の合間に、ブログについてよく考えます。
具体的には、次のエントリで書きたい内容だったり、ブログを書くための時間の取り方だったりします。
ですが、そういった理屈抜きに一番思うのが「ああ、ブログ書きたい」です。
そして、このことをもって、私にとってブログを書くことは習慣になっている、と言えると思っています。
つまり、「何かから少し離れたとき、ことあるごとにそれについて考えている」との状況に到っていたら、それは習慣なのだろうとの考えです。
忙しくなって、それから離れてみないと習慣かどうか判断できないため、残念ながらあまり汎用的な手法ではありません。もしそういった状況に直面することがあれば、思い出していただけると嬉しいです。
さて、以上、話としては大したことではありませんでした。しかしここで重要なのは、忙しいときにしか気づかないことがあった、との事実の方です。それは、「習慣について」は例示で、ここで述べたいのは時間がないことについてだったためです。
同時に、「執筆」に鍵括弧がついていた理由も判明していると思うのですが、いかがでしょう。
終わりに
本エントリは、二つの伏線を一つの話で回収する形になりました。
面白いとは思いますが、あまり綺麗ではない気がします。
いずれにせよ、やはり、思ってもみない場所に着地しました。
それから、全く関係のない話が一つあります。
本文中でもご紹介した「R-style » 【書評】『小田嶋隆のコラム道』(小田嶋隆)」の記事に、下記の文章があります。
そのページのプロフィールに記載されている「ひきこもり系コラムニスト」の響きににあこがれを感じる人も多いだろう(でもないか)。ええ、それはもう、あこがれを感じます。