- やりたいことを見つけたい
- 忙しくする
- 自然に思いつく
- メモする
- やめることを決める
やめることを決める
やめることを決めると一口に言いますが、そこには重要な前提が一つあります。
自分が普段やっていることを、知っていることです。
やっていることを知らなければ、当然何をやめたらよいのかはわかりません。
ところが、自分が普段行っていることや取っている行動などは、それほどわかりやすいものではありません。
やっていることを知る
そこで予想通り登場してくるのが、記録を取ることです。
自分が普段何をしているかを「思い出して」やめることを探し出すなら、集められた記録からやめたいことを「選んで」決定する方がずっと正確ですし、楽です。
この楽であることは割と重要で、新しいことを始めるだけでも十分力を使うことなのに、やめることを探している段階までも大変であったら、最終的にそのやりたいことを断念することになりかねません。
何の記録もなしに一日の行動を思い出すのは、かなりきつい行為のはずです。
桶屋が儲かる
- やりたいことを見つけたい
- 忙しくする
- 自然に思いつく
- メモする
- やめることを決める
- やっていることを知る
- 生活の記録を取る
論理学的には(数理論理というか、述語論理というか)それで正しいのですが、さすがに今回と前回のエントリを読んできてくださった方は、「おお、そうか、やりたいことを見つけて実行するには、生活を記録すればいいんだ」とは思わないでしょう。
最終的にそこに落ち着いただけであって、その過程にはこういったことがあり、そのどれもが重要であることは明らかです。
しかし日常生活ではどうでしょうか。
世の中には、「こうすればうまくいく」ことをうたった方法がたくさんあります。
『「うつ」とよりそう仕事術』ではこのように表現されています。
| 『「うつ」とよりそう仕事術』(酒井 一太) |
開陳されたテクニックの上澄みだけ真似ても意味がないのです。この類のことは本ブログでも一貫して語ってきていますのでここでは深くは触れませんが、何も理解しないまま、アメリカで大雨を降らそうとアマゾンで蝶々を羽ばたかせても仕方ありません。
仮にそれで本当にアメリカに大雨が降っても、それはまったく再現性のないことです。
終わりに
少しこの喩えは違ったかもしれません。