発端は、ある人との会話でした。
私「理系と文系の違いって答えられる?」
ある人「理系は論理的で、文系は感情的かな」
(かなり省略しています)
今回は、本当に「理系は論理的で文系は感情的」なのかという話です。
文系の人がやること
文系といっても広いのですが、ここでは古典文学を研究する人を想定します。
彼らは、現存する膨大な資料や文献を読み込み、非常にたくさんの知識を蓄えます。
その後書籍や論文などで、自身オリジナルの考察を発表します。
考察というのは例えば、
「A・B・Cという事実が資料から読み取ることができるため、この作品の著者は当時Dという精神状態であり、また当時盛んだったEという思想をあらわしている」
といったものとなるでしょう。
これを論理式で書くとすると、
(A and B and C) imp (D or E)
などとなるでしょうか。
「A、B、Cのすべてが成立したとき、
DまたはEのどちらか、あるいは両方が成立する」といった意味です。
ここで重要なのは、事前条件であるA、B、Cから自身の考察であるDやEを導く際に、論理の飛躍が起こらないという点です。
例題を考えると、これは当然のことです。
例えばある作家の日記から、彼が当時悩んでいたことが読み取れたとします。
そのことを基に、彼はその頃経済学に興味があったためこのような作品が書かれた、などとは結論付けられません。
そこでの結論は論理的であることが必要です。
理系の人がやること
やはり理系といっても広いのですが、ここでは数学者を考えます。特に微分積分学を扱っていることにしましょう。
微分の出発点は、
「ある関数上の点aと、それをほんの少しだけずらした点a+hを考えたとき、関数値の変化の様子はどうか」
というものです。
ここで重要なのは、上の文の意味がさっぱりわからないという点です。
「ある関数」も「その上の点a」も、ましてや「ほんの少しだけ」などと言われても、どれも目に見えないのです。
これらは数学的な定義であって、現実には存在しません。言うなれば想像上のものです。わからないのも当然です。
にも関わらずここから、
「多項式の微分値は、非常に簡単な式で表すことができる」
などの結論を導いて、納得しています。これも同様に、想像上の世界でしか通用しないものです。
つまり
まとめると、理系の人は想像の世界で物を言っていて、文系の人は論理を積み重ねて結論を出しているということです。
冒頭の話と、逆の結論に至りました。
言いたいこと
別に逆の結論を示したかったわけではありません。
理系だからこう、文系だからこう、などはなくて、どちらにも理系的(とよくいわれるよう)な部分と文系的(同じく)な部分があります。
物事はわりと複雑ですよね、との考えが伝えたかったのです。
更に言えば、上で書いてきた話はすべて「理系・文系に属している人がやること」となっています。
「人について」ではありませんし、そちらはもっともっと本質的に複雑な話です。
ですので「自分は文系(理系)人間だから」などの物言いは、実は難しい問題を相手にしているのです。
終わりに
そもそも理系・文系の分割は、高校2年くらいのときにどうしても選ばなければいけないから、生じたものです。
本質的な違いはないはずです。