アンビエント・ミュージックにも、変拍子の楽曲にも、音楽に当然あるとみなしていたものが、まるで欠けています。当然あるものとすら、思っていなかったかもしれません。それくらい、当たり前のものでした。
四分の四拍子の、リズムといいますか、構造のことです。
音楽に当然のものと思っていたはずの構造が、まったく存在していなくても構わないことに、私は気づきました。まったく存在していなくても構わないんだよ、と誰かに教えられたのではありません。ある瞬間に、私が自分で発想したのです。
発想したときのことは、今でもよく覚えています。今まで気づかなかったことに気づくようになる、ということは、ほとんど、生きることのすべてです。構造とか、意味とか、物語といったものは、思うほど、なくても構わないようでした。
細かいことは気にしないとか、形式に囚われないとか、考えるな感じろ、といったことではありません。むしろ、以前よりもいろいろなことを気にして音楽を聴いています。当時には、気づかないことがあったからです。何といいますか、現在は、個別の描写がしにくい、全体性のようなものを聴いているような気がします。
書籍『アンビエント・ドライヴァー』(細野晴臣)にありました。
かつて、僕は友人からもらったふしぎにな石を宝物にしていた時期がある。それを失くしてしまったときには、ひどくショックを受けた。だが、そのとき初めてモノにこだわらなくていいことに気づいた。石を持っている方がよいとも、失くした方がよいとも言っていません。もっと何か、全体性のようなものに気づいたことを述べられているのだと思います。
全体性を得ようとする指向は、生命的に躍動しようと志すことだと、私は前向きに考えています。生命というのは抽象的なものだからです。
何の話かと言いますと、11月といえば自分の好きなブログを告白する月なのです。
さっそく、始めます。
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涯てお茶
書くことと、日常を生きることが結びついている人がいらっしゃいます。
私は陰ながら尊敬しています。どんな屈託があろうとも、生命的に躍動しているのだと思うからです。
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yayoko314 | ShortNote(ショートノート)
日常を生きているのは、私だけではありませんでした。本当によかったと思います。
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gofujita notes
仕事があって、書くことがあります。
書くことがあって、考えることがあります。
大変に信頼できます。感動します。二つは近い感情なのかもしれません。
遊んでいるようなものだからでしょうか。
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delaymania
挙げられていなかった中では、私は「will ~地図にない場所~」と「振り向けば・・・」が好きです。
解散は私もショックでした。それでも音楽は残ります。素晴らしいことです。
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R-style
ブログの記事を読んでわかることがあります。
ブログが更新されていること、そのものから、わかることがあります。
人間は、そこにある姿勢のようなものを感じ取ることができます。
美しいという言葉の意味です。
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Chips with Everything
人生を謳歌する、と聞くと思い出します。本を読んで、ノートを書いていらっしゃる様子が、これほどに楽しそうに見えることがあるのです。
私もこんな風でいたいと思っています。
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Word Piece Blog
やはりと言いますか、私は「アウトラインはツリーではない」と「アウトラインは選択である」が好きです。
2020年の思想(みたいなもの)も、また変化があるのでしょう。
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iPhoneと本と数学となんやかんやと
私も、ブログには感謝、感謝です。
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ぬいこのぬい工房
こんな私でも、物作りを継続すること、最後まで完成させることの大変さは、知っているつもりです。ご自身の楽しさと感動を忘れることなく、物作りを続けている方がいらっしゃいます。
ブログをずっと更新することに似ているような気がします。
終わりに
自分の好きなブログを並べて書くこと、そのものから読み取れることがあるかもしれません。全体性のようなものです。
生命というのは抽象的なものです。