太陽が空で 全てを照らすから音楽のライブに行くことが、私は好きです。音楽そのものが好きなようなところがあって、知らないアーティストだったり、アーティストだけは知っていても、ほとんどの楽曲に覚えがないようなライブイベントに、多く足を運びます。クラブも好きで、クラブに行くような感じなのかもしれません。
失った 恋さえも 陽の光 浴びてしまうの
あたしに日傘は 似合わないけれども
心にさす 白い傘で あたしは守った
もう少し言うと、ライブ会場で音が鳴っているということが好きです。ライブ会場で、良い音が鳴っていることに感動します。そう、とても高い割合で、ライブ会場では良い音を聴くことができるのです。
ライブ会場で良い音が鳴るというのは、総合的なもので、何か一つでも要素が欠けてはなりません。作曲と作詞と編曲があります。プレイヤの演奏があります。プレイヤの機材と、機材選びがあります。電源とケーブルがあります。PAエンジニアのエンジニアリングがあります。PAの機材と、機材選びがあります。建物と空間の設計があります。建物と空間の施工があります。
同じプレイヤでも、会場が変われば音は変わります。同じ会場でも、PAエンジニアが変われば音は変わります。結果として、一度として同じ音楽はありません。一度として同じ音楽がないために、私はライブに繰り返し足を運んでいるようなところがあります。いや、繰り返し足を運ぶということに意味はありません。その一回だけの音楽なのです。音楽は、まさに音楽であるということによって規定されるのです。誇らしいことでしょう。
書籍『記号と再帰 新装版: 記号論の形式・プログラムの必然』(田中 久美子)には、次のような一節がありました。
記号Aが、「AはCである」と使われたとすると、この使用自体が「Aは「AはCである」として使われる記号である」として、Aの内容を規定する。したがって、使用自体が再帰的である。音楽は、音楽自体によって規定されます。複雑ではありますが、魔法ではありません。逆に、それこそが良い音を生んでいるといえます。
プレイヤやPAの機材は、デジタルのものであることが多くなってきました。PAミキサのアウトプットまで、場合によってはスピーカから音が出る直前まで、デジタルの信号がやりとりされます。人間はデジタルのままで音を聞くことはできないので、信号は、必ず、デジタルをアナログに変換する機構を通ります。デジタルとアナログはまったく別のものなので、抽象的な意味で、音が変化してしまうことなしにアナログ変換することはできません。原理的に言って、この瞬間に、音は人間には制御できないものになります。
デジタルを経由しないとしても、状況はあまり変わりません。アナログの信号がケーブルの中を通れば、ケーブルの物理的な作用によって、例えばケーブルの導線の素材によって、信号は変化します。人間には制御できないものになるのです。
書籍『キャサリンはどのように子供を産んだのか? How Did Catherine Cooper Have a Child?』(森 博嗣)には、次のようにあります。
そもそも、リアルとヴァーチャルは乖離しています。逆に、そのずれこそが両者の安定を生んでいるといえます。ずれがないと、アブソーバがなく、共振する恐れがあり、危険です。人間には制御できない、計算し尽くすことのできないものになりますが、ライブ会場で良い音を鳴らすことができるのは、魔法ではありません。そこに、すべてはひとつとしてあるだけです。
私はこういう論理が好きです。
複雑さがあっても、それは、何とはなしに複雑なわけではありません。数学と哲学を折り重ねていくことができます。精密な複雑さです。人間は、複雑さに真摯に向き合うことができます。複雑さとは、諦めの言葉ではありません。ましてや申し開きの言葉でもありません。ポジティブな何かのサインです。
それでいて、人間が、複雑さをすべて制御することもできません。複雑だからです。複雑であっても、複雑さに真摯に向き合ったことで、できることがあります。おそらく、それは制御ではないのでしょう。私の好きな言葉だと、エンジニアリングです。
複雑さを制御できないのに、ライブ会場で良い音を鳴らすことができます。その一回だけの良い音です。その一回だけの良い音になるのは、いや、その一回だけになってしまうのは、状況が複雑だからなのでしょう。それでも、良い音を鳴らすことができます。魔法ではありません。工学があります。
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誇らしい気持ちです。
終わりに
書籍『暗号解読(上)』(サイモン・シン 著, 青木 薫 訳)には、次のような一節がありました。
これらの数表は人間の手で計算されていたが、人間のやることにはどうしてもミスがある。そこでバベッジはこう叫んだ。「おお神よ、こういう計算を蒸気がやってくれていたら!」だとすると、複雑さについての複雑さは、常に変わっていきます。太陽が空で、すべてを照らすからなのでしょう。私に日傘は似合いません。My Little Lover の楽曲「shooting star ~シューティングスター~」は、次のような歌詞で終わります。
こうしてバベッジは、ミスを犯すことなく高い精度で表を計算してくれる機械を作るという、凡人には思いもよらない計画に乗りだしたのであった。
そしてそこに全ては1つとしてあるだけならすべてがあります。誇らしい気持ちです。
あなたもきっと 向かっているのでしょうか
ヨゾラに シューティングスター 街を覆ってく
全てがあるような 愛をうけたら
アナタに シューティングスター 届けてほしい
いつか出逢う日の サインのために