2013年5月12日日曜日

2013年、4月のこと

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こちらの記事を読みました。

しぐさを丁寧にしてみる

私の大好きな連載で、いつも楽しく読ませていただいています。
その中でも、同記事にはいたく感動しました。

記事の内容としては、そのタイトルでじゅうぶん示されていると思います。一文だけ引用いたします。
通常は、苛立ち・焦りが原因、しぐさが雑になることが結果になりますが、しぐさを丁寧にしていると心もそれに合わせて不思議と落ち着いてきます。
深く共感する話です。私などは、焦ってきたときにはメモを多くとることにしています。きっと、同じ態度をもとにしていることだろうと想像します。

態度がどうとかいう遠回しな話をせずとも、単純に、しぐさを丁寧にすることには心を落ち着ける効果があります。それはもう、劇的にあります。
もう少し言うと、しぐさを丁寧にすると心を落ち着けられると全面的に信じている人で、私はいつもありたいと思っています。

そんな、穏やかで、どこか知的であるようなことが良いのです。

穏やかで知的であることと言うと、もう一つ別の話があります。
先日、「Webラジオ Pl@net Sphere」というネットラジオを聞いていたときのことです。

Webラジオ Pl@net Sphere

二十歳になったときの思い出、といったテーマでお話がされていたことがありました。その中で、出演者の一人、豊崎愛生さんが言われていたことがとても印象に残っています。

いわく、二十歳になったときに嬉しかったことは、周囲の人におめでとうと言われたことだったとのことです。そこで、二十歳になることはおめでたいことなんだ、という感動があったそうなのです。

物事のこのような部分に感動できるような感性に対して、私の心は静かに打たれます。素直にうらやましいと思う感性です。

ふつう二十歳の思い出と言えば、大人の仲間入りをしたとか、成人式で古い知り合いに会ったとか、そういった話になりましょう。いずれも、二十歳になった折にしか直面することのない、大事なことです。忘れたくないことです。
きっとそこには、多くの人による、多様なエピソードがあるものと思います。

他方、周囲の人におめでとうと言われることはどうでしょう。それはエピソードとしては、多様と反対側にあるとおぼしきものです。きっと多くの人が同じように体験していて、改めて語られなければならないようには見えません。

しかし、エピソードは陳腐でも、感動は独自です。
そして、そういった独自の感動を覚えられる人のことを、私は、素晴らしい感性を携えた人であると評します。本エントリの例で言えば、豊崎愛生さんや、冒頭に掲げた記事「しぐさを丁寧にしてみる」を書かれた方のことです。

穏やかで、知的です。いつも、私もそうありたいと思っています。

同じ文脈で、『知的生活の方法』という本からひとつ触れたいことがあります。

『知的生活の方法』(渡部昇一)
「静かなる持続」と題された節で、イギリスのスキートという学者の知的生活のお話が紹介されています。
引用いたします。
このスキートは、自分の編纂した古い文献の索引を作るとき、とにかくその本に出てきた単語をすべて一語一枚の割合で出てきた順序にカードに書き写し、それをあとでもう一度チェックして、アルファベット順に並べなおしたのである。
エピソードだけ追うなら、スキートという学者が京大式カードのさきがけのような手法で情報を整理していた、といったものになります。
しかし、ここで語られようとしている感動はそれではありません。至るためには、節タイトルとなっている「静かなる持続」を読み解く必要があります。

同書から答えを探すなら、「急ぐことなく、心の平静を失うことなく、充実した知的生活を楽しむ」こと、それをずっと長いこと続けることになるでしょう。
続けることは、カード作りに限られるものではありません。まったくもって、何でも構いません。
何でも構わないのに、その姿勢や態度は至高のライフハックなのです。

同書の同節は、スキートの逸話がもう一つ紹介されて締められています。こちらも、どうしても触れておきたいものです。
引用いたします。
彼はこの膨大なカードを整理するとき、炉辺で談話しながら、静かにやっていた。それはあたかも、婦人が編みものをしながら会話するかの如くであったという。
やはり、独自の感動があって、穏やかで、知的です。
こういった生活を良しとする感性に、私は憧れます。

さて、本エントリでは、トピックを3つご紹介しました。いずれも、私が憧れるような感性に関係する話です。

翻って考えてみると、私にも該当するエピソードはありました。
私の場合は、ポメラで文章を書くことがそれです。私が指向する、穏やかで知的な生活の象徴なのです。

そんなことを思ったのが、2013年、4月終わりのことでした。


終わりに


少し上に「その姿勢や態度は至高のライフハック」と書きました。
「姿勢や態度」と二つ並列させていますが、英語ならどちらも「attitude」です。個人的には、「attitude」と一つ書くほうが文脈をよく表せているように感じます。

すると、日本語には「attitude」に対するうまい訳がないことになります。興味深い話です。