2012年6月3日日曜日

繰り返しの日々

Clip to Evernote
以前、本ブログで「あれば便利」とのエントリを書きました。

その冒頭で、「日々の生活をルーチンに近付けたい」といったことを述べています。
すなわち、私は日常がほとんど同じ動作の繰り返しであることを是としていることになりますが、これは私としても誤りのない解釈です。

私は、毎日を繰り返しの中で過ごしたいのです。

今回はそんな話です。


繰り返し


ここでは、私が繰り返しとしたいと考えていること、または実際に普段からそうしていることを具体的に挙げてみます。
  1. 朝起きてからの流れ
  2. 駅まで歩くルート
  3. 駅の改札ゲート
  4. 電車に乗る際の車両とドア
  5. 昼食
  6. 食料の買い出し
  7. 帰宅してからの流れ
などです。もちろん他にもたくさんあります。

これらに共通するのは、私にとってはどれも積極的にやりたいことではない、とのことです。
この断りがこれ以降のどこに活きてくるかはわかりませんが、とりあえず上に箇条書きしたものを簡単に解説しておきます。

2では、駅に向かうために通る道が毎日同じなのはもちろんのこと、「この道を通る時は歩道の左端を歩いて、ここで後ろを振り向いて周囲を確認して、道の右側に渡る」のような部分まで毎日一緒です。
3は、使用する改札のゲートがいつも同じである、との話です。
6は、自宅で使う食材についてのことで、一つは買い物するお店がいつも同じであることを言っています。もう一つは、買い物はその日に必要なもののみとすることで、一度に購入する量を少なくすることです。すると、必然として何度も買い物に行く必要が出てくるため、毎日同じタイミングでお店に立ち寄ることができるようになり、繰り返しが実現されます。


何となく


こうして見ると、繰り返しの生活といっても大したことではありません。
多くの人がすでに行っていることでしょうし、また本エントリを読んでいただいた方が興味を持った場合でも、すぐに実践できることです。

それでは、ここからは私がなぜ生活を繰り返しとしたいのかを書いていくことにします。

一つめの理由は、何となくです。


決断力


二つめの理由は、決断力の問題です。

以下の記事を読みました。

いい人生を送りたいなら「決断疲れ」を避けるほうがいいのかも - nanapi社長日記 @kensuu

とても参考になります。引用いたします。
超簡単に言うと「人は決断をするたびに精神的な負荷があり、決断が多いと疲れてしまい、エネルギーがなくなる」ということです。なんとなく、脳に負担がかかっているのは感じる人も多いと思います。
これが前提になります。決断することは、疲れることなのです。
決断と言ってしまうと大げさですが、記事内では「70円と80円の、どちらの豆腐を買うか」との例が出ていました。一見どうでもいいようなことですが、これも立派な「決断」なのです。

すると当然思いつくこととして、「決断の回数を減らそう」となってきます。
同記事から引用いたします。
決断の回数を減らすには、何かを決めてそれでやりきってしまうのがよいのかもしれません。 
毎朝同じものを食べる、毎日同じ服を着る、ランチは500円以内と決める、メールがきたら10分以内に返す、300円以内の食材だったら一番高いものを買う、など、決断をしないタイミングをいろいろと決めておくと脳への負担が減らせるのかなあ、と。
そこで、「毎朝同じものを食べる」のように、生活の中で同じことの繰り返しとする部分を作っていこうとする発想になってくるのです。

この点で、私が考える「繰り返しの毎日」にメリットが生まれてきます。

ちなみに、同記事中から以下の記事がリンクされています。

takamasa'log: COURRiER 〈決断疲れ〉

こちらも同様に参考になりますので、目を通していただければと思います。


毎日のこと


とはいえ、私は「ああ、今決断疲れしているな」などと実感したことがあるわけではありませんので、これについてそれほど重要視してはいません。
単に、決断疲れとの概念があって、それについて意識していれば多少は良い生活が送れるかもしれない、といった程度です。

さて、3つめの理由は、毎日を大切に生きたいからです。
このところ、本ブログではこういった話をよくしているような気がしますので、解説は簡単にいきたいと思いますが、ここまで挙げてきた理由の中では最も大事に考えていることになります。

文章の長さと書き手の気持ちは、相関関係にはあるかもしれませんが、因果関係はないのです。
周囲ではそういった関係にある事柄はたくさん目にするように思いますので、注意が必要なことも、ひょっとしたらあるかもしれません。

話を戻して、毎日を大切に生きることです。

多くの場合、毎日を大切に生きていないということは、「毎日が同じことの繰り返しで、刺激がなくて、面白くない」といった認識の元にあるような気がします。
私がアプローチしたいのはこの部分に対してです。

わざわざ言及するまでもなく、日々の生活にはたくさんの新しいことが発生しており、決して同じことが繰り返しているなどということはありません。必ず毎日は特別なはずなのです。

それは、「毎日を繰り返しにしようと意識している」私にとっても同様です。
どれほど毎日の行動を統一しようとしても、その内部、詳細は異なってきます。

私はそんな、「昨日とは少しだけ違っている」ことに細かく気づいていきたいのです。
それが、毎日特別なことが起こっている、毎日が特別である、といったことに気づくことになり、ひいては毎日を大切に生きることにつながっていくと考えています。

そして、だからこそ、私は毎日の行動を統一しようとします。
大きな部分が一定になっていれば、小さな変化に気づきやすくなるのです。


終わりに


こういったことをいちいち説明するのは大変なので、人から聞かれたときは「何となく」と答えるわけですが、それも間違いではないのです。