2012年6月24日日曜日

次の一手は任意

Clip to Evernote
以前、こちらの記事を読みました。

R-style » ひねくれ者のアプローチ

その後、それを踏まえて以下のようなエントリを書きました。

23-seconds blog: 手法ではなく

そこで扱っていたことに、抽象的な物言いが好きである、との話がありました。

これだけだとやや言葉足らずですので、もう少し詳しく言います。
冒頭の記事で述べられていることそのものは、具体的に次の行動とすべき一手を示してくれてはいません。あらゆる細かい事象を全て切り捨ててしまって、俯瞰したアプローチのみを切り取っているためです。

ですので、記事のことを明らかな形で活かしていくためには、そこから自分なりに行動を考えていくなど、何かしらの作業が必要になってきます。
もちろん、明らかでない形で活かしていくのであれば、そこにもまた様々な方法があるでしょう。今回はそちらには立ち入りません。

言いたいのは、解釈の仕方も、次の一手を決めるのも自分次第であって、細かい部分を切り捨てた話にはそういった面白さがある、とのことです。

このことを前置きにして、一つ考えたことがあります。
今回はそんな話です。


数学


数学について考えてみます。
ここでは証明問題の例を持ち出すのがわかりやすいと思います。特に「普通にやって、普通に証明できる」問題のことです。

証明問題では、冒頭に前提となる条件を書きます。
例えば、
  1. n は n > a + b となるような正の整数である
  2. m は すべての実数である
  3. i は虚数単位
  4. (ただし δij はクロネッカーのデルタ。)
などです。
(3と4は少し違うかもしれません。)

これらの条件の下で様々な計算や式の変形が行われていきます。
この過程ではきっと、たくさんの素晴らしいひらめきが生まれていることでしょう。

そのようなステップを踏んでいくと、何かしらの結論のようなものにたどり着きます。式変形などの操作がそれ以上行えないような状態のことです。

それを見て、即座に「したがって、元の命題は真である。証明終わり。」とできたら良いのですが、そうもいかないこともあります。

すなわち、最後に出てきた式が万全でないように感じるときがあるのです。

そこでふと、これまでつづってきたノートの先頭が目に入ります。
先頭には、重要な条件が書かれていました。式変形に夢中になるあまり、忘れてしまっていたのです。

これでようやくゴールできるわけです。

「以上の式と、前提条件より、元の命題は真である。証明終わり。」


ミステリ


ミステリが好きです。何となく最近読んでいませんが、決して止めたつもりはありません。

ミステリをミステリたらしめるものの一つとして、伏線と回収の手続きがあります。
非常に厄介なことに(しかし、興味深いことに)「ミステリとは」の回答は人によって異なりますので、必ずしも「伏線と回収」がそうであるとは言えないかもしれませんが、それほど大きく的を外してはいないはずです。

伏線は普通、物語の前半に配置されます。(様々な話を脇に置いておきます。)

また、それが伏線であるかどうかはその場ではわかりませんが、少なくとも、後で読み返したら間違いなくそれとわかる程度には、明確に書いてあります。

さて、物語を読み進めていくと、終盤には真相と呼ばれるものが明らかになってきます。
このとき即座に「なるほど、そういう理由でこの人は犯罪を犯したのか!」とできればよいのですが、そうではなく、なんとなく納得がいかない真相を示されることがあります。

そこでふと、伏線の存在に思い当たります。
物語の前半には、重要な情報が書かれていました。話の展開に夢中になるあまり、忘れてしまっていたのです。

それに思い当たると、納得の上で無事に本を読み終えることができます。

「なるほど、この伏線があるから、こういう理由でこの人は犯罪を犯したのか!」


二つの例


ここまでの数学とミステリの話から、何となくこの二つは似ているように感じられます。
そしてそれを踏まえると、私が数学やミステリの好きな部分についてが説明しやすくなります。

私が数学で好きな部分は、「数式には書いた人の気持ちが込められていて、それを感じ取る」点です。
論理が全てに見える数学の世界の中にある、そうでない部分が、私は好きです。

私がミステリで好きな部分は、「ミステリの名の下に繰り広げられる、言葉にならない無茶苦茶さ」です。
伏線と回収が全てに見えるミステリの世界の中にある、そうでない部分が、私は好きです。


終わりに


なぜだか例にワイダニットを持ち出していました。