2011年12月9日金曜日

アナログとデジタルのライフログ

Clip to Evernote
五藤隆介氏の『たった一度の人生を記録しなさい』に、以下のような一節があります。
 ただし、誤解されたくないので強調しておきますが、ライフログの基本は「手動記録」です。
…(中略)…
 すべてが自動的に記録されれば、確かに「すべて覚えておく」ことはできるかもしれませんが、毎日を大切に生きるという意識は「自動記録」からは生まれてきません。
 自分自身で、常に何かを発見し、それを記録することでこそ、意識は変化するのです。
 自分の頭が反応して、自分の手で記録を残す。そういった「手間」があるから、日々の発見があるのだと思います。
著者の五藤氏が、自分の手で記録することの重要さを述べている部分です。
私は「記録することも大事だけど、記録しようと意識することはもっと大事」と解釈しています。

このことには私自身大いに同意しますし、ライフログを残すことへの一つの回答だと思っています。
もちろんライフログが「ログ」である以上、できるだけたくさんのものが淡々と残っている必要もあります。

さて今回はこの、

  • ライフログは手動記録する
  • ライフログは大量に淡々と残す

を同時に満たすものを「究極のライフログ」と定義し、デジタルとアナログによる記録を考えてみます。


デジタルでの記録



デジタルでのライフログは、多くの場合で手軽にできます。
写真を一枚撮る、Foursquareにチェックインする、などです。

しかしこの記録は「究極」ではありません。
例えば写真ですと、本当に記録したかったもの以外も、たくさん写り込んでしまいます。風景などですね。
さらには、日時や位置情報なども勝手に残されてしまいます。

このような記録は「究極」より、少し「全自動」に寄ってしまっています。


アナログでの記録



アナログでは、勝手に情報が記録されてしまうことはないでしょう。
一方で、ペンとノートを取り出す必要があり、デジタルのように手軽ではありません。
大量に残すことができないと言えます。


「究極」のためには



以上より、ライフログを残す際の注意点が浮かび上がってきます。

・デジタルの場合
なんでもかんでも記録するのではなく、「自分が残したい」と思うものを残す。

・アナログの場合
できるだけたくさんの情報を書く。


終わりに


以上、実用性のない、論理を展開させただけのエントリでした。
普通に考えれば、写真に日時が付加されて、悪いことはありません。便利です。

ただ、冒頭の定義に誤りはないはずです。
したがって、本当に論理的な話にはあまり意味がないことが結論づけられます。

あるいは、結論づけられないかもしれません。
これも論理的に言っているからです。

もしきちんとしたライフログの記事を期待しておられましたら、申し訳ありませんでした。
おわびに、書籍より
『たった一度の人生を記録しなさい』
と、ブログ記事より
職場とそれ以外、2種類のライフログ - iPhoneと本と数学となんやかんやと
をご紹介させていただきます。
とても参考になります。良書・良記事です。