2012年10月27日土曜日

円周率は体で覚える

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空想の世界の話ですが、円周率というものがあります。おそらく、かなりの知名度があることでしょう。

一応書いておくと、とても綺麗な円があったときに、それの円周の長さを直径の長さで割った値が円周率です。
私も正確には覚えていませんが、確か3.05より少し大きいくらいの数だったと思います。不安になったので正八角形を取り出して確かめてみたところ、やはりそれで間違いないようです。

すぐ上に、円周の長さを直径の長さで割った、と書きました。しかし、この割り算では、答えが割り切れることはありません。さらに言えば、どのような大きさの円を持ってきても、同じ割り切れない数が答えに出てきます。
これは表現を変えると、円周の長さか、直径の長さか、あるいはその両方が、割り切れない長さになるわけです。つまり、ある長さに切ったひもをくるりと円にすると、その直径を定規で測ることはできませんし、ある長さの棒を円でぴったり囲うと、囲ったひもの長さは定規で測れないのです。

一見妙な話にも思えますが、それほどのことはありません。
はじめに書いた「とても綺麗な円があったときに」が絶対に実現しないためです。あるいは、とても綺麗な円があったとしても、その世界には私たちの知っている定規やひもが存在しないためです。

今回はそんな話です。


思考と言葉


ところで、「思考と言葉は別のレイヤにある」といったことを、本ブログでは一貫して述べてきています。これは、「言葉はいつもそれ以上のものを含んでいる」とか、「言葉では表しきれない」のような表現のこともあったかもしれませんが、だいたい近いことを言っています。

改めて大雑把に説明すると、思考と言葉はまったく別の階層にあるものであるため、例えば「思ったことをそのまま口にする」のは絶対に不可能です。だからこそ、「理由は答えられないけど、好き」とか「何がどのようにかは説明できないけど、理解した」といったことが起こるのです。

この発想自体は再三語ってきていますので、今回はあまり立ち入りません。

ですが、この思考と言葉のレイヤについての話が、冒頭に書いた「私たちの住む世界」と「とても綺麗な円がある世界」の話にも似ているように思ったのです。
「私たちの住む世界」が思考に、「とても綺麗な円がある世界」が言葉に対応します。

「とても綺麗な円がある世界」とは少しわかりにくいですが、要するに数学の世界、空想の世界ということです。
そこでは、ものの長さや面積はちょうど測ることができますし、線には太さはありません。

つまり「物事を複雑にするような、何だかわからないもの」は存在しないわけです。
これがちょうど、言葉が「言葉としての情報しかない」ことに似ているのです。

一方の現実世界は、そうではありません。
太さのない線を引くことは不可能ですし、長さをちょうど測れることもありえません。仮にちょうどに見えたとしても、それは単に測定器具の限界なだけです。
現実世界での「長さ5cmの直線」には、実は「0.1mmの太さ」や「わずかな曲がり」や「鉛筆で書いた」などの無数の情報が隠れていて、それがまるで、思考には言葉にならないあらゆる情報があることのように見えるのです。

そう考えると、円周率(正確には無理数です)は不思議です。
空想の世界の産物のはずなのに、その世界の言葉で表しきれずに、現実世界に住む人の想像力にゆだねられているわけです。
言うなれば、限りなく現実に近い空想なのです。


ライフハック


ここまでの話で、特に数学のようなものに興味のない方にとっては、何のことやら、といった感覚も抱いていることでしょう。
ですが、私はいつでもライフハックの話をしています。いえ、いつでも、は言い過ぎですが、ある程度はそうなのです。

本エントリではここまでで、「単純な世界」と「複雑な世界」の話をしてきたつもりです。

繰り返すと、「単純な世界」は数学をはじめとした世界のことで、そこでは物事がぴったり決定します。「数学」と言ってしまうと縁遠いものに見える方もいるかもしれませんが、例えば物の数を数えることもそうですし、「文字」だってそうです。この世界ではあらゆる事象が切り捨てられており、観測できるのは本当にわずかな側面のみなのです。

一方の「複雑な世界」には、ありのままの現実世界や、頭の中で繰り広げられる思考などが該当します。この世界では逆に、すべてのことが複雑です。「hogehogeはfugafugaである」などと言い切れるようなことは何一つありません。

さて、この二つの世界についてよく言われることがあります。
一つは、「単純な世界」の方が理解がしやすい、あるいは少なくとも理解したような気になれやすい、というものです。これは翻って見れば、当然「複雑な世界」の方が理解しにくいことになります。

それを踏まえた上で一つまとめめいたことを書くと、私は世界が複雑であることをきちんと認識している人が好きです。そんな人と関わって生きていきたいと思っています。

もう一つ、別の話としてよく言われるのが、「単純な世界」の方が暗記がしにくく、「複雑な世界」はその逆であることです。こちらについては、多くの方が納得しやすい話になるかと思います。
平たく言うなら、人間は世界を対象にするようなパターン認識には優れているが、数字の羅列を暗記するのは難しい、となるでしょうか。誰しも、それぞれを行う際には明らかに頭が別の種類の動きをしていると感じ取れることでしょう。
後者がうなりながら頭を動かして暗記しているのに対して、前者は体で覚える、といった具合です。

だから、円周率は限りなく体で覚えているに近いのです。


終わりに


この二つの世界をごっちゃに見てしまうと、いろいろやっかいなことが起きます。
最低限、自分がごっちゃに見ていることは認識できる方が良いはずです。