2012年12月8日土曜日

損する選択

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どうも、私がお金を使っている対象が、周囲の人にとっては不思議であることが多いようです。これは具体的には、モレスキンだとか、各種ガジェットだとか、音楽CDのことを指します。
私が観測する世界ではこういったものにお金を使うのは珍しくないために忘れてしまいがちですが、なるほど、それを不自然に思う人は当然いるわけです。
これは、私もまた他者のお金の使い方を不思議に思うことがあるということを思い出せば、何も驚くことはありません。

ここで取り上げたいのはそれではなく、先述の、周囲の人に不思議がられる過程で、「よくそんなにお金があるねえ」と言われることが幾度かあることについてです。
周囲の人が私をどのように見るかは自由ですので、そう言われること自体は別に問題はありません。
(客観的に見てそんなはずがないことは、一応明記しておきます。)

ですが実際には、何か好きなものがあって、それについて詳しいおかげでお金がかからないような状況は、とても頻繁にあります。

ガジェットの類を例にとります。ノートPCの話がわかりやすいでしょうか。
私は、自分がPCをたくさん使うような生活をしていないとわかっていますし、マシンのケアの仕方などもいくつか知識があります。そのため、安いものを購入し、それを長く使うことができます。
この点で、「よくわからないから家電量販店に並んでいるものを買う」ような人よりお金がかかっていないわけです。

iPhoneなどもそうです。
好きな人にとっては、次の機種の噂はよく目にするものですし、新しい機種が発表されたときに、型落ちになってしまったものがかなり安く(正規で)販売されることも、いつも情報を追いかけていれば知っていることです。
そこで、「いつごろに新機種が出るから、そこで現行のものを買おう」とすれば、お金がかかりません。

モバイルWi-Fiルータを契約してスマートフォンのデータ通信をなくす、といった話も同様でしょう。

ともかく、ガジェットが好きで詳しいおかげで、お金がかからないような状況はよくあるわけです。
今回は私の実例に沿わせたために「ガジェットとお金」になりましたが、もちろん、ここに入れて成り立つ定数はいくらでもあります。

外食が好きでいろんなお店に詳しければ、(安いのに)満足のいく食事をとることができるでしょう。
様々な交通機関に詳しければ、目的地まで早く到達できるかもしれません。

いずれにしても、知識があることで、より多くのメリットを得られる状況の話です。

ところが、私が本エントリで書きたいのは、それの良さではありません。

ここまでの話を元にすると、どんなことに対しても多くの知識を持っている方が良い人生が送れるように思えますし、確かにそのような面があることも否定しません。
ですが、私たちの周囲を見回したとき、より多くのメリットが得られそうな情報は、それこそ数え切れないほどあります。それらのひとつひとつについて十分な知識を手に入れ、メリットが得られる選択をきちんと行うことは、不可能です。

ですので、実際には、どこかに線を引いて「知識がなく、メリットが得られない選択」をあえてしていく必要があります。
ここには、「お金を節約できる以上に時間がかかってしまう」など理屈はいろいろあると思いますが、私は単純に「きりがないから」だと思っています。

これは、自分が損をしていることを受け入れる必要があるため、多少勇気の要ることです。
そうは言っても、周囲には「得をしそう」な情報がありすぎますので、仕方ありません。きりがないのです。

だからかどうかはわかりませんが、私は、誰かが知識がないために損をしている場面を目にしたとき、(一応その知識くらいは伝えても)得をする選択をするように言ったりはしません。
もちろん、その人がそれを知りたいのなら全力で教えます。ですが、きっとその人は、私が損をしているような他の場面では、私より良い選択肢を持っていることでしょう。単に、「きりがない情報」に対する線の引き方が違っただけなのです。

結論めいたことを書くなら、自分の大切にしたいことを明らかにしておく必要がある、とでもなるでしょうか。

ちなみに、私はここで情報を発信することが悪いということを意図してはいません。誰かが発信した情報は、きっとどこかの誰かの役に立ちます。それに、この「周囲に、得をしそうな情報が際限なくある」状況は、きっといつの時代もそうだったのだろうと想像します。

さて、ここまでをすべて踏まえた上で私が考えるのは、たぶん、良くない情報に対してもこの話は当てはまるのかもしれない、ということです。

こちらは難しい問題になりますので、あまり具体的に物を言うつもりはありませんし、自分の中でも答えが出ていません。

しかし、こちらについては、「自分の大切にしたいこと」が明らかになっている人はきっと少ないでしょう。
それでいて、こちらの方が、「自分の大切にしたいこと」が強く効いてくるのかもしれません。


終わりに


最後はすいぶんあいまいな書き方になってしまいました。
もう少し悩んでみます。