2012年9月22日土曜日

ふわふわとアイス

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どこかで書いたような気がしますが、こんな私でも人並みに日常生活を送っていますし、買い物だってします。

人並みにとは言うものの、人並みに日常生活を送れることは自明ではありませんので、ここ記述しておく価値はありますし、さらに言えば自明であっても記述しておくことは無価値ではありません。

前置きにしては妙に断定的な文章になってしまいました。
こういったもの、つまりやたらと断定的なものは得てして嘘っぽくなったりしますが、こちらはどうでしょう。自分では判断しにくいところです。

いずれにせよ、本エントリでは私が買い物をしたときに起こったことについて書きます。
大した話ではありませんが、私と似たようなものに興味がある方は、わかっていただけることだと思います。

今回はそんな話です。


アイス


先日、アイスを買う機会がありました。コンビニのようなお店だったと思います。
買ったのはアイス一つだけでしたので、ある独特のやりとりが発生することになりました。

私「(アイスをレジに置く)」
レジの人「スプーンはご利用になりますか?」
私「あ、いえ、いいです」
レジの人「(バーコードをピッとしながら)袋はご利用になりますか?」
私「あ、いえ、いいです」
レジの人「105円になります」
私「(105円を置く)」
レジの人「ちょうどちょうだいします。ありがとうございました」

独特のやりとりとは、「スプーンが必要か」と「袋が必要か」です。私はそれらに連続して不必要であると答えたわけですが、清算が済んでから、一つ思ったわけです。

レシートは、欲しかったのです。


ライフログ


ライフログあたりに興味があったり、そこまでいかなくとも様々な理由から、買い物をしたらレシートが必要になることはよくあります。今回のケースでは、二つの質問に連続して不要であると答えてしまったため、私がいろんなものが要らない人だと判断されてしまったのが敗因でしょう。
もちろん、店員さんに「レシートください」などと言えるはずはありません。そんなことが言えるくらいなら、(希望的観測ですが)私は世界を生きるのがもう少し楽になっているはずなのです。


ここから


ここから進展させられる話はいくつかあります。
あえて関連性の薄いところに着目するなら、店員さんがレジでお金を受け取る際、お客さんがちょうど出したときには「N円お預かりします」と言わない、という話に進んでも良いでしょう(言うところもあるのでしょうか)。
あるいは、レシートとライフログの話に行くこともできます。そうでなくとも、レシートをきちんともらって何かしらの処理をする習慣は、なかなかに悪くありません。

まっとうに行くのであれば、他者への気遣いの形についての話があります。
これはすなわち、平たく言えば「自分がされて嬉しい気遣いは、相手にとってもそうだとは限らない」とのことです。

すごく冷めたことを言うなら、このことは様々な関係の中を生きる私たちにとっての永遠のテーマです。ずっと解決しない問題であり続けると、かなりの確かさをもって述べられます。
どんなに気を使っても、頭を使っても、相手がきちんと喜んでくれるような気遣いをすることは難しいのです。

私はこの気遣いというものについて、結局のところ、自分がされて嬉しいことしかできないものだと思っています。こう書くと何やら諦めのようにも見えますが、別にそういった意図はなく、「そうなんだろうな」といった感覚です。
だから、相手の気持ちを考えるとかいろいろな過程を踏んで、最終的には自分がされて嬉しいことをするのが気遣いの形なのだと思いますし、それによって相手が嬉しかったり嬉しくなかったりするのも、同じく気遣いの形なのでしょう。

こんな風に様々なことを考えた上でのことですが、私は相手のことを気遣える人になりたいです。


終わりに


難しいテーマですので、ふわっと書きました。
何だかわかりませんが、ふわっと書くのは楽しいです。ふわふわです。