2012年2月10日金曜日

複雑で好きなもの

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いくつか好きなものがあります。


音楽


一つは音楽です。

音楽のどういったところが好きか、を言葉で表すことはできません。
ですがある一部分を切り取ってみることはできます。

音楽は、ただ聞くだけなら難しいことはありません。聞こえてくる音を追いかけていればいいです。

しかしほんの少しだけ注意深く聞いてみると、そこではものすごく複雑なことが行われていることに気付けます。
それは音色の選び方だったり、音の重ね方だったり、積み方だったりするでしょう。

別にそのようなところに気付かなくても音楽は十分に楽しんで聞くことができますし、むしろ、音楽制作者の方々は「実は裏で複雑なことをやっている」ことを知られないようにしていたりもします。

このあたりが好きです。


コンピュータとか


コンピュータやソフトウェアも好きです。

やはりどういった部分が好きかを言うことはできませんが、一部分を切り取って書いてみます。

こういったものは、人間が触れる部分はほんのわずかです。複雑である中身と比べると、非常にシンプルです。

別に中身が複雑であることを全く知らずにコンピュータを使っていても構わないわけですが、ほんの少しでもそこに興味を持ってみると、実は見えない部分はものすごく複雑だと知ることができます。


一般化


これを一般化してみます。

インタフェースはシンプルだけど、実はその内部構造はものすごく複雑で、手間がかかっているものが好きだと言えます。

ここで、再び音楽の例からもう少し発展させてみます。

聞こえてくる部分も、細かい部分もシンプルな音楽もあります。
しかしそのアーティストのインタビュー記事などを読むと、そのシンプルなフレーズやコードに至るまでに、ものすごい数の録音が没になっていたりします。この場合は、本当に見えないところで複雑なことをしていることになります。
こういったことも好きです。

以下のページにぴったりの例がありますので、引用いたします。

悩めるブロガーに送る@shigotanoさんの言葉 - Togetter
その昔、ラーメンズがネタを考える時に、まず大きな世界観を作って、そのごく一部だけをコントにする、というようなことを言っていた(NHKの「トップランナー」にて)。
まさにこういう状況のことです。これが好きです。


ほとんどは捨てられる


つまり、苦労して作ったもののほとんどは人目に触れることがないわけです。

もう一つ引用いたします。

何度も一から考える - iPhoneと本と数学となんやかんやと
定理の一部分がわからない、と書いたが、一日経ってまた考える時に、その部分だけをとらえて考えてもなかなか理解に及ばない。これは、どれだけ今分からないことを把握していてちゃんと問題点を書き出すことができていても、そうなんである。その定理を一から考えた方が格段に理解できる確率が高い。
とても良い記事です。
こちらもほとんど同じことを述べられていると解釈しています。

昨日まで考えたことは捨てた上でまた今日考えており、もし今日理解に至ったとしたら、それは今日考えたことからの成果で、昨日までのことは数に入ってこないでしょう。


効率


同記事から引用いたします。
問題点を把握できているなら、その部分について考える方が効率がいい、と思ってしまいがちだが、一から考えて全体像を捉え直すことで違う示唆を得ることができる
確かに、わずかな見える部分を作るためにほとんどを捨ててしまうのは、効率が良くないようにも思えます。

しかし私は、この視点を大事にしています。

以前テレビか何かで、様々なものとそっくりな和菓子を作る職人さんを見ました。
その職人さんは、和菓子でハンバーグを作ろうとしていました。見た目はどう見てもハンバーグなのに、味は和菓子、というわけです。

なぜかその職人さんは、和菓子で本物そっくりな、にんじん、玉ねぎ、ひき肉などを作りました。本当に、本物そっくりでした。
そしてその後その職人さんは、見事に作られているにんじんなどをすべて潰して、手でこね始めたのです。

もうおわかりかと思います。
「見た目」が本物そっくりなハンバーグを、もっと言えば「見た目だけ」そっくりなハンバーグを作るためだけに、わざわざ本物そっくりな材料を作り、それを壊してしまうことで、行程から再現したのです。

私はいたく感動しました。


終わりに


特に結論はありません。

好きなものや大事にしていることを伝えるのには、手間がかかるという話です。