2012年2月17日金曜日

私が考えるミステリ

Clip to Evernote
推理小説やミステリと呼ばれる小説が好きです。
個人的には、この呼び方は何でも構わないと思っていますので、本ブログではミステリに統一します。噂によると、「推理小説」、「ミステリ小説」、「ミステリ」、「ミステリィ」、「ミステリー」は全て異なった定義を持っていると見る向きもあるらしいのですが、私はそこまでは立ち入らないこととします。それほど私がミステリに詳しくないことも関係しているかもしれません。

とりあえず話を進めます。


ミステリのこと


ミステリを読み進めていくと、誰もが必ずぶつかる問題があります。

それは、「ミステリとは何か?」です。

この問いが「ミステリを読み進めていくと」発生する事実は非常に興味深いのですが、今回はそれは置いておきます。

ミステリとは何か、に対しての答えは人によって違うようです。
そのためか、この本はミステリか否か、といった論争が起こることもあります。

つまり、この問いへの明確な回答や、ミステリを規定する絶対的な定義などは存在しません。
そこでここでは、私が考えるミステリについてをまとめてみたいと思います。


私にとってのミステリ


私にとってのミステリとは、謎解き要素は当然あるとして、さらにそれに加え、ミステリでしか許されないような滅茶苦茶な部分も備えているもの、といったところです。

滅茶苦茶な部分とは、論理が破綻していることとは異なります。
本筋と関係ない話が延々と続いたり、常識外れな動機だったり、どんでん返しが四度、五度と起こったりといったことです。

こういったことは、ミステリという括りの中で行うから認められますが、ひとたびもっと広い分野の作品たちと比較されれば、余計なことが書かれ過ぎている、などの評価をされてしまうかもしれません。
しかしミステリを読む上で、そのような簡単には理解できない部分があると、全体として非常に面白くなります。これはその部分が全体の世界観を形成するのに貢献しているのか、謎解きを複雑にしているのか、はっきりした理由はわかりませんが、とにかく面白いのです。
ミステリが、単なる謎解きパズルではないことを示すからかもしれません。

そんなところです。


終わりに


かなり、文章にするのが難しい話でした。