2012年5月3日木曜日

手法ではなく

Clip to Evernote
こちらの記事を読みました。

R-style » ひねくれ者のアプローチ

本エントリでは、こちらを元に少し考えてみます。


問いの立て方


内容に入る前に、余談的に触れておきたい部分があります。
引用いたします。
その反復の中で、「どちらが、正解なのだろうか」という疑問が湧いてくるかもしれない。しかし、その疑問は全力で却下したほうが良い。問いの立て方が不健全だ。
過度に限定された状況でない限り、どちらが正解か、といった問いが良いものでないのは間違いないでしょう。
こう言ってしまうと当然のことのようにも見えるため、時にはおろそかにされることもあるかもしれません。こうして、たびたび確認しておく必要のあることです。
加えて、残念なことに「不健全な問いを立てている」ことは自分では気づきにくいものですし、また、自分が立てた問いを他者から不健全だと評されたとしても、なかなか納得のいかない感覚になりそうです。
たった今の私のように、それとはまったく離れた場面にいる内に確認しておくのが良いのでしょう。


内容のこと


それでは本題に移ります。
といっても、上記の記事で述べられている内容そのものについて私が何かを語るつもりはありません。

記事内では、非常に抽象的な形でのアイデア出しの手法が、あるいは、「ひねくれ者」としての物事の考え方のモデルが示されています。
決して、「これがこうなっているときは、ここをこのように考えて…」といった、具体的なものについては述べられていません。

私はこういった考え方が好きです。

行動は具体的にしかなし得ないため、こういった場合では実際の動作や考えるべきことを表す方が、一見わかりやすく効果があるように感じます。
これは逆に、よく考えなくても(書いてある通りにすれば)実践できるとも言えてしまいます。

一方の本記事のような表現は、実際の行動としてどうしたら良いかまでは説明されていません。
「ひねくれ者は、こんな風な考えをする」ということのみです。

したがって本記事のことを実践するためには、ひねくれ者になるか、これに沿った実際の行動を考えるか、どちらかが必要になります。
前者については触れませんが、後者のことがあるおかげでそれぞれの個人にとって価値の高い手法を導くことができます。


いろいろある


こういった抽象的な考え方はとても有用なのですが、一つだけ注意すべきことがあります。
それは、ある一つの抽象的な考え方が唯一の正解とはならないことです。

抽象的にものを捉えた表現ですので、それが覆う世界は広くなります。
そのため、ある一つの具体的な事象に関わる抽象的な表現が複数あるかもしれませんし、ある表現が相反する二つの事象を含んでいるかもしれません。
もちろんそれと同時に、一つの表現では到達していない事象もたくさんあります。

つまり、何か一つ「これは素晴らしい考え方だ!」というものに出会っても、それがすべてではなく、またそれ自体が矛盾や曖昧さを持っていたりするのです。


フレーミング


おそらくですが、そういった考え方はたくさん知っているのが良さそうです。

今回の例で言えば、アイデア出しに役に立ちそうな基本的な考え方をいくつか知っておきます。
そして、実際にアイデア出しを行う際にそれらの考え方をいろいろ取り出してくることで、上で述べたような妙な状況になってしまうことを防ぐことができます。

要するに、「手法」ではなく「考え方」をたくさん知っているわけです。
それにより「アイデア出し」という一つのものを様々な側面から見ることができますので、何となく良い結果をもたらしそうなのです。


終わりに


先述したとおり、冒頭で紹介した記事の内容は、ひねくれ者になることでも実践できます。
これはいたってまじめな意味で、非常に重要な考え方です。