2012年5月5日土曜日

データが正しい

Clip to Evernote
以前、こちらの記事を書きました。

23-seconds blog: マネーログと家計簿

この中で、家計簿を付け始めることを表明していました。
今回はそれについて、ちょっとした話です。


家計簿


ライフログを残すことと比べると、家計簿を付けることは一般に広く知られています。
(もちろん「家計簿を付けること」は「ライフログを残すこと」に大部分が含まれるとは思いますが、そういった細かい話は置いておくことにします。)

「ライフログ」よりも「家計簿」の言葉が古くからあることが、その大きな理由になるのでしょう。

ただ、広く知られている理由かどうかは別として、家計簿を付けることの方がメリットが目に見えてわかりやすいことは、間違いなく言えます。
これは、ライフログに比べれば、そもそも家計簿を付け始めようと思う理由が明確であるため、当然といえば当然です。

すなわち、家計の様子を把握したいと感じたときがそれに当たります。


家計の様子を把握したい


本ブログで以前、「見返すため」とのエントリをあげました。
ここでは、「ライフログは必ずしも見返すために残すものではない」といった趣旨のことを述べており、その考えは現在も同様です。
一方で家計簿は、家計の様子を把握したいわけですので、始めから見返すことが前提です。

すると、ライフログのときとは異なり、見返す際のことについても考えておく必要が出てきます。


見返す


さて、今年のカレンダーがまた一枚めくられて、五月になったと思います。
私のように四月から家計簿を付け始めた方は、現在一ヶ月分のデータが集まっていることになりますので、ここはぜひ見返しておきたいところです。

見返した結果何かしらのことが判明して、今月以降に活かしていくのが良いのです。
ここでの「見返す」は、データから何かを考えることを指しています。多くの場合、それはいろいろな傾向についてとなるはずです。


傾向を考えるときに


この傾向を考えるタイミングで、一つ注意しておく必要のあることがあります。

それは、「正しくデータを集めている限り、データが正しい」という事実です。

前半の「正しくデータが集められている限り」については特に説明することはありません。家計簿ですので、正しく記録できていることが求められますし、そうでない場合には、そうなるように工夫していくべきです。

後半の「データが正しい」とは、「人間の解釈よりも、残っているデータを信用すべきである」といったことを意味しています。
このことが適用できる状況は非常に多くあると思いますが、一つの例をここで考えてみます。



いま、先月分の家計簿を見たときに、予想していたより出費が多かったとします。おや、と思って出費の内訳を見てみると、先月には洗濯機を買い換えていたことに気づきます。
ここでほっと一安心するわけです。「ああ、洗濯機を買ったから、出費が多いのは仕方ないな。先月は特別だったんだ」といったところです。

私が「人間の解釈よりも、データを」と言ったのは、この部分です。

先月には偶然洗濯機を買い換えましたが、おそらく、今月はまた別のものに対して洗濯機と同じくらいの出費があります。それは冷蔵庫を買い換えるのかもしれませんし、車検があるのかもしれません。

つまりもう少し言うと、「一見、突然の出費」は毎月同じくらいあるということです。
「先月は特別」ではないのです。

これを「先月だけは出費が多いのは仕方ない」と考えてしまうと、家計簿の価値が薄れてしまいますし、きちんと記録しているのに毎月毎月生活が苦しいようなことにもなりかねません。
転じて、家計簿なんて無駄だとの認識に到ってしまうかもしれません。

今回は人間に都合の良い解釈の例を持ち出しましたが、その逆も同様に注意すべきです。


時間


同じことは、時間にも言えます。
むしろ、時間に言えることを示すためにわかりやすいお金の例を出したのかもしれません。

「先月は特に忙しいイベントがあったから、やりたいことができなかった。今月は大丈夫」といった話が、これに相当します。
きっと、今月は全く別の同じくらい忙しいイベントがあって、そのままではやはりやりたいことはできないのです。


終わりに


本文中で、カレンダーが一枚めくられて、といったことを書きました。

ただ、私の部屋にカレンダーはありませんし、普段使用しているのは「ほぼ日手帳 Weeks」とiOSアプリ「Week Calendar」で、どちらも週間カレンダーをメインとしているため、「一枚めくられて五月になった」かどうかは想像でしかありません。