2012年1月27日金曜日

情報活動と呼吸のアナロジーから広げてみる

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ブログ「R-style」にて、こちらの記事を読みました。

R-style » 情報活動と呼吸のアナロジーから広がるもの

記事の終わりに、このように書いてあります。
きっと他の引き出しを持っている人は、別の連想が広がることでしょう。ぜひ他の人の引き出しの中も見てみたいものです。
そこで私も、これについて少し考えてみたいと思います。


マラソン


初めに考えたのは、長距離走のことです。
よく長距離走では、呼吸のリズムを作るのが大事だと言われます。吸・吸・吐・吐を繰り返すのがセオリーですね。
日常ではこのようにリズムを意識して呼吸することはあまりないため、実践しようとするとかなり違和感を覚えます。しかし、多少苦労してでも続けることで、長い目で見ると楽に走れるようになり、その結果としてパフォーマンスが向上します。

私はこのあたりに、情報活動との共通点を見出します。

継続して情報活動を行っていくには、インプットとアウトプットが生活の中でリズムを持っていると良いです。誰にとっても、「この時間にはこれだけのインプット」「この時間にはアウトプット」のリズムがある方が良いはずです。
そこでそれをあらかじめ決定してしまい、毎日従うことを考えるわけですが、やはり毎日続けていくのは大変です。リズムを崩したくなることもあるでしょうし、一見崩した方が楽に感じられることもあるでしょう。
しかしこれを苦労してでも続けることで、長い目で見るとその方が楽に情報活動を続けることができ、結果としてより質の高い活動が可能になります。


風邪


もう一つ考えたのが、風邪についてです。
風邪をひいて鼻が詰まったりすると、呼吸がしにくくなります。普段はまったく意識しませんが、このときに、今まで呼吸をしていたことに気付きます。苦しくなって初めて、その大事さを考えるのです。

このあたりにも、情報活動との共通点がありそうです。

例えばインプットの質が低下していると感じられるとき、またはその種類が自分に適していないように思うとき、情報活動が苦しくなります。そこで初めて、良いインプットを求めなければ、との気持ちが生まれてきます。良いインプットを得ていた頃には、まるで気づくことのなかったことに対して、その重要さを感じるのです。
または、何らかの外的要因で急に情報活動が途絶えてしまうこともあります。ここにも、同様のロジックが当てはまります。

(もっとも、「なくなって初めて、大事さがわかる」ことは他にもいろいろありそうです。)


違うこと


もちろん、情報活動と呼吸で異なっている点もたくさんあります。
ここで一つ挙げたいのは、情報活動は人の役に立つかもしれないことです。
自分のアウトプットなど広い世界では取るに足らないことですが、それが他の人のインプットとなり、その人の世界が作られるような重大なインパクトを与えることだってありえます。そんなこと、起こらないかもしれませんが、信じたっていいはずです。


終わりに


薄々お気づきの方も多いと思いますが、ここでBUMP OF CHICKENの「supernova」の歌詞から引用して、本エントリを締めます。
誰の存在だって 世界では取るに足らないけど
誰かの世界は それがあって造られる