2012年3月6日火曜日

ベーシックインカムについて

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以下の記事を読みました。


こちらはGoogle+で共有していただきましたが(ありがとうございました)、恥ずかしながら、私はそれまで「ベーシックインカム」という概念すら知りませんでした。

ですが、こちらの記事で非常に興味深いと感じましたので、少し書いてみようと思います。


ベーシックインカム


「ベーシックインカム」は、政策の名称です。
同記事から引用いたします。 
 ベーシックインカムは、最低所得補償の一種で、政府が全国民に一律に一定額の現金を、無条件で配るという政策だ。単純で一見荒唐無稽に見えかねない政策なのだが、多角的な批判に耐える合理的な政策だ。
つまり平たく言えば、全国民にお金を継続的に配ろうというものです。状況としては月収のようなものとの理解で良いでしょう。
内容の説明はこれで済んでしまう、この上なくシンプルな政策です。

そして、引用文にあるように一見すると荒唐無稽ですので、反射的にいくつかの反論が思い浮かびます。本能的に、これでうまくいくはずがないと感じるのです。

ですが、そのようにぱっと思いつくような反論は、非常に説得力を持った形で見事に一蹴されてしまいます。
その様子はぜひ上記のリンク先でご確認いただきたいのですが、なかなか面白いです。

他方で、反射で物が言えず、ある程度のレベルまで理解を深める必要があるため、その意味では取り扱いにくい政策とも言えます。
すべての一般市民にそのような深い学習を求めるわけにもいきませんし、かといって学習しなければ直感的に受け入れにくいからです。


いくつかの確認


本エントリ冒頭のものと、もう一つご紹介いただいた記事を読んだ後、自分でもベーシックインカムについて書かれた記事を読み漁ってみました。
その中でいくつか気になるものがありましたので、ここで確認させていただければと思います。


仕事をしなくなる


ベーシックインカムによって最低限の生活(あまりこの表現は好きではないです)が保障されると、それを当てにして仕事をしなくなる人が多数現れ、仕事をしないと人間が狂ってくる、といった主張を見ました。(かなり大雑把にまとめています。)

「何もしなくても所得がある」という状況は、人類史上一度も発生したことがありません。(ベーシックインカムが実際に施行された例はないそうです。)

ですので、ベーシックインカムが引き起こすのは「人間が仕事をしなくなる」どころの騒ぎではなく、良いことか悪いことかを問わず、もっとずっと、誰にも予想が付かないようなことになるはずです。一人っ子政策が一つの例になるでしょうか。

したがって、ことさらに「仕事をしなくなる」ことだけを取り上げて、そこから何かが起こることを語るのは、少し引っかかるものがあります。現状では予想もつかないような良いことが、同時に起きるかもしれないのです。

ちなみに、冒頭に掲げた記事中では、このことについても直接反論しています。ぜひご確認いただければと思います。

また、「仕事をしなくなると、人間が狂ってくる」点については、大筋で私も同意でした。
ですがこれは、「人間が仕事をしない」ことへの問題提起であり、ベーシックインカムについてではないように感じました。


仕事をしなくてもよくなる


ベーシックインカムを支持する人が言う理由として、人が「働くこと」をもっと自由に考えられる、といったものがあります。
これにも私は、上のことと同じ理屈で疑問を抱いています。

私には人間社会が、「最低限の収入が約束されているから、やりたくない仕事はやらなくていい」というように単純にできているとは、どうしても思えないのです。


国民が奴隷になる


もう一つ、「国からの現金支給によって生活が成り立っていると、国から無理を言われても聞かざるを得ない」といった主張も見ました。(相当大雑把にまとめています。)

私はこれを読んで非常に納得したのですが、そもそもこれは、社会保障制度や累進性のある税などの全般に言えることです。
つまり、私たち(ここにはお金持ちの人は含まれていません)はすでに、大なり小なりこの主張に当てはまってしまっているわけです。

ですので、「ベーシックインカムへの意見」としては、とりあえず脇に置いておくことにします。
社会保障制度や累進課税、富の再分配、ひいては大きな政府への意見ということになるでしょう。


ベーシックインカムについて


以上の確認を踏まえた上で一つ私が思うのが、ベーシックインカムは、あらゆる複雑な制度をシンプルに置き換えるものだということです。

制度が非常に複雑であるために、人間が手間をかけてそれを実現していた部分を「もっと人間ががんばる」ことで何とかしようとするのではなく、仕組みで対応しようとするアプローチがとても良いと思ったのです。

これによる現実的なメリットはいくつか挙げられていますが、それよりも、そういった「アプローチ」が単純に良いと感じたということです。

なぜなら、このような「もっと人間ががんばれば何とかならないこともないが、そうではなく、仕組みで解決する」アプローチは、私たち(これは先ほどよりずっと小さい集合です)が好きなライフハックやタスク管理と共通する概念だからです。
つまり私たちは、このアプローチが個人レベルでは素晴らしく効果的であることを、よく知っているのです。
このために、現実的なメリット云々ではなく、これならうまくいくはずだと理解することができたのです。


終わりに


参考として、冒頭のもの以外で私が参照した記事を列挙しておきます。