2012年3月16日金曜日

抽象指向思考

Clip to Evernote
最近、非常に共感する記事を読みましたので、今回はそれをご紹介してエントリとしてしまいます。


読んだ記事


読んだのはこちらの記事です。

“具体”は実践的で役に立つ、“抽象”は机上の空論で役に立たない、と決めつけてしまうような風潮がビジネスの世界ではありますが、これは思い違いです。
この文は、私が本ブログで再三伝えようとしてきたこと、私が大事に思っていることを見事に表しています。
こちらではビジネスについて言及していますが、決してそれに限った話ではないと、私は捉えています。


抽象的な理解


本ブログで何度か書いてきたことに、例えばきちんと具体的であるなど、一見厳密で良さそうなことにはあまり意味がないという話があります。
この発想は元々私のオリジナル(だったはず)ですが、上に掲げた記事でそれに似た主張がなされており、非常に嬉しく、また心強く感じました。
該当する部分を引用させていただきます。
しかし、抽象化なり論理化の力がないと、思考が具体ベタベタ、バラバラになり、目線が低く、視界が狭くなり、すぐに行き詰ってしまいます。
私がもやもやと考えていたことが、力づくで言語化された気分です。

まさにその通りで、具体的な「仕事」や「行動」には、必ず抽象的な物の見方や理解がないと行き詰まってしまいます。
逆に抽象的な理解が進んでいると、例えば次に取る行動が発想しやすくなったり、具体的なもの同士を結び付けたりできるようになります。

私が本ブログでタスク管理やEvernoteの話をするときに、具体的な行動例などがあまり出てこないのは、これが理由になります。
「行動」も大事ですが、同時に「考え方、捉え方」が大事だと思うのです。
また、他にも、「考え方、捉え方」がよく考慮されているなら、そこからもたらされる具体的な行動はバリエーションに相当し、人によって異なっていても構わないとの思いもあります。
同記事にもそれに言及した部分がありました。
ごく具体的な詳細のレベルでは、一つとして同じ仕事はないからです。必ず少しずつ違ってくる。
ともかく、「具体的」に偏って物事を捉えることには、私は賛成しません。
もしどちらかを選ぶのであれば、「抽象的」な理解を優先すべきとすら思っています。


アイデア発想


同記事から引用いたします。
具体の地平の上をひたすら横滑りしているだけの人からは、結局のところ具体的な打ち手についても平凡な発想しか生まれません。そもそも「人と違ったことをする」というのが戦略ですから、そうした人には戦略は構想できません。
戦略の構想とは、いわゆるアイデア発想の文脈にあります。抽象的に物事を捉えることができればアイデア発想にも強くなる、というのがここでの主張です。

ここでのアイデア、あるいは戦略とは、具体的なものであることを前提にしておきましょう。「戦略」ですので、間違いはないと思います。

今回は「すごろく」を思い浮かべていただけると良いと思います。

まずは具体的にしか物を考えない人の場合です。
現在その人は何かしらの状況に置かれていて、それがすごろくで言うところの「今いるマス」に相当します。
その人が(具体のレベルで)一生懸命アイデアを発想しても、次の一歩を踏み出せる方向は、ほとんどの場合で一種類で、(たまに複数の方向に進める場合もありますが、)しかもこれはどこまで行っても一種類です。
これが、上の引用文で言う「具体の地平の上をひたすら横滑り」の意味です。

一方の抽象的な思考ができる人の場合を考えます。やはりすごろくで喩えます。
抽象的に物事を見るとは、すごろくなら、「今いるマス」にある駒(のような、自分のいる場所を表す何かのことです。人生ゲームなら自動車です。)を、プレイしている人間が取り上げてしまうことに相当します。
人間が取り上げてしまえば、次に駒を置くことのできる場所はたくさんあります。

つまり、一度物事を抽象化することで、アイデアを自由に発想することができるのです。


まとめ


何だかいろいろ言ったような気がしますので、話をまとめておきます。
  • 具体的で、一見きちんとしていそうな考え方は、実はあまり価値が高くない 
  • 抽象的にものを見られると、アイデア発想の力が高まる 
もちろんアイデア発想に限った話ではありませんが、本エントリでは特にそれについて述べました。


終わりに


森博嗣氏のような記事タイトルが思いついたので、付けてしまいました。 『幻惑の死と使途』のイメージですね。

ちなみに『幻惑の死と使途』は名作です。