2012年3月25日日曜日

感謝のエントリ

Clip to Evernote
訳あって、四月から私の周辺では様々な変化が起きます。
日々の時間を費やす場所も変わりますし、生活も現在とは離れた場所で行います。もっと根本的な部分もたくさん新しくなります。

「私の周辺では」と言ったのは、つまり「私の中身」は今のところ変わるつもりがないことを意味してはいますが、これだけ多くの外的要因にさらされますので、おそらく変わっていってしまうのでしょう。
別に悪いことではないはずです。

さて、私が人生の先輩として、そして男として、非常に尊敬している人物がいます。
先日、その方とお話しする機会があったのですが、その際に新生活や人生についてアドバイスをいただきました。
私の備忘録めいてしまいますが、ここに記しておきます。


目指すところ


まず一つめです。
人生において人並みになるのもなかなか難しい時代だけど、そうだからこそ、人並み以上を目指してほしい、というお話でした。

もちろん現在の私にはそもそも、人生が人並みであるとかそれ以上であるとかが、どういった物事や状況を指しているのかすらわかりません。
でも、忘れずにいようと思います。


子どもから


その方には、子どもさんがいらっしゃいます。確か小学校に入ったくらいの年齢だったと記憶しています。
人生の話から家族の話に至った際に印象に残ったのが、「子どもから教えられることがあるってよくいうけど、本当にある」というお話でした。

その方が挙げたのは、非常に単純で、素晴らしい例でした。

普段生活していて、子どもに何かしてもらったとします。まだ小さな子どもさんですので、これは大したことをしてもらうわけではありません。何か取ってもらうとか、そんなところだそうです。

簡単なことであれ何かしてもらったら、「ありがとう」と言います。これは、大人から子どもに言っている状況です。

するとその子どもさんは、「どういたしまして」と言ったのだそうです。
これに、その方は衝撃を受けました。

普段生活していて、ある程度年齢も経た、少なくとも子どもではない人たちと関わっていて、「どういたしまして」と言えるだろうか、ということです。
人から感謝されたときに、「ああ」とか「いいよいいよ」などのよくわからない返答しかしていないと思うけど、「ありがとう」と言われたら「どういたしまして」だろう、というのが、その方の見解です。

私も衝撃を受けました。まったくその通りだと感じたのです。
このことも、忘れずにいようと思います。


終わりに


エントリのタイトルに「のエントリ」という単語が付くのは、楽曲のタイトルが「~の歌」となっているのと同様の現象です。