2012年3月30日金曜日

見返すため

Clip to Evernote
このところ、ライフログがはやっているようです。はやっているのが「ライフログ」なのか、「ライフログという言葉」なのかははっきりしませんが、とにかくはやっています。
もちろん私の観測範囲内での話ですが、そういうことを言い出すとあまり話が面白くならないので、表明するだけにとどめておきます。(この表明は大事です。)

さて、したがって、この場で改めてライフログについて説明することはしません。
また、意識的にライフログを残すべきか否か、といった問いに対しては明確に「残すべきである」と答えます。
それについても特に解説は必要ないでしょう。一見面倒なことをこれだけたくさんの人が行っているわけですので、その一点だけでも、それなりに「残すべきである」の根拠にはなります。

本エントリでこれから取り上げたいのは、以上とは別の、ライフログについて言われるあることについてです。


「見返すため」


意識的にライフログを残す意味としてよく言われるのが、「見返すため」です。
ライフログは見返すために取っているのだから、見返さなければ何の意味もない、といった主張になるでしょうか。

私はここに疑問があります。
疑問と言いますか、「ライフログは見返すためにある」に引っ掛かったためにライフログを意識的に残すことをしない選択をしてしまう人がいるかもしれないのが、とてももったいなく感じるのです。
(ちょうど、Twitterに納得がいかないからSNSはやらない、との選択がもったいないのと同じ理屈です。Google+ をするのが良いです。)

私も多少は意識的にライフログを残していますが、見返すことはほとんどありません。まず二度と使用されることのないデータを、Evernoteにせっせと溜めています。


ライフログの意味


意識的にライフログを残すことの意味や理由としては、こちらの記事で言われていることを基に考えられることがあります。
(ここで回りくどい言い方をしているのは、こちらの記事でgoryugoさんが言おうとしていることが、恐らく私と異なっているためです。あくまで、こちらを基にした私の意見を述べます。)

「ライフログ」という言葉について思うこととか 【ごりゅご】3月21日版 | goryugo

引用いたします。
キーワードとしての「ライフログ」ってのは、別にそれでいいんだけど「ライフログを取る」だとか「ライフログを残す」だとか、その手の言葉がどうしても自分の中でしっくりこない。 
ライフログって、自分の中では「結果的に出来上がったものの総体」であって、そういう自分の中での抽象語を「目的」みたいなニュアンスで使ってる感じが、違和感の元なのかな。
ライフログとは、人生の中で結果的に出来上がったものだということです。これは非常に納得がいきます。
結果的に出来上がってくるものであるなら、それは見返すべきもののはずがありませんし、ましてや見返さなければ意味がないものではありえません。見返すか否かに関わらず、残っているのがライフログだからです。


さらに積極的な意味


しかしこれだけでは、手間をかけてまで意識的にライフログを残す意味がわかりません。
自然に残っているものだけで良いのなら、声高にライフログを叫ぶ必要がないのです。
(手間がかかると言っていますが、これは、ゼロよりは手間であることを意味しています。実際にかかる手間はほとんどゼロです。)

これに回答できる、良い文章に出会いました。こちらの書籍からです。

『記録するだけでうまくいく』(佐々木正悟 富さやか)
では、全ての番組をとりあえず予約録画しておいたらどうでしょう? こうしておけば、「予約するのを忘れていた!」「せっかく録画しておいたのに時間がずれてしまった!」といったトラブルとは、永久におさらばできます。この「全ての番組を録画しておく」というのが、ライフログの発想なのです。
言い換えると、「何かあったときのために備えておくのがライフログ」となります。
残念ながら、備えが役に立った体験をしていないとわかりにくいことではありますが、ほとんどゼロのコストで備えておけるなら、悪い話ではないはずです。


まとめ


本エントリでは、意識的にライフログを残すことの意味を概観した形になりました。結果として、誰にとってもわかりやすい話ができたように思います。
これを踏まえて今度は、私自身が意識的にライフログを残すことの意味を日本語にしたエントリを書いてみるつもりです。そちらは、誰にとってもわかりやすいものにはならないかもしれません。


終わりに


本文中で、
疑問と言いますか、「ライフログは見返すためにある」に引っ掛かったためにライフログを意識的に残すことをしない選択をしてしまう人がいるかもしれないのが、とてももったいなく感じるのです。
と書きました。
どうもこれが、まどろっこしいと言いますか、日本語として良くないような気がするのですが、納得いく文章にできませんでした。
もし時間を持て余して困っているという方がいらっしゃれば、これを良い日本語に直すことに挑戦していただくと、暇つぶしになるかもしれません。